キーシンより、公演料の一部を東日本大震災の被災者の方々にすぐにでも使ってもらえる方法で寄付したいとの希望がありました。
被害の大きかった岩手・宮城・福島の3県と、「あしなが育英基金」の東日本大震災・津波遺児支援に寄付することに決定し、12月1日にそれぞれ送金いたしましたので、皆様にご報告いたします。
2011年12月20日
株式会社ジャパン・アーツ
代表取締役社長 大内 栄和
【エフゲニー・キーシン】の日本公演が、兵庫スタートし行われ喝采を浴びました。
10月3日記者会見を終えたキーシンは、そのまま関西に移動。
翌日からソロ、そしてチェリストのクニャーゼフとのリハーサルを重ね、本番に臨みました。
(実は、あまりにもリハーサルに熱中し、キーシンに同行していたスタッフの「晩御飯が食べられなくなるかも!!!」と心配する顔を見て、ようやく時間にハッと気がついたそうです。)
キーシンは天才、神童と呼ばれ、驚異的な記憶力、それにも増した創造力、表現力は天分によるものでもありますが、何よりも惜しみのない努力に裏付けされたものだということを改めて実感。というのも、キーシンのリハーサルは、ひとつひとつのフレーズを大切にし、自分が納得できるまで10回でも、20回でも繰り返すというもの。それを経て本番では、音楽に対するストイックな気持ち、それを実践する集中力、そして一つ一つの音に対する強い思いと表現力がひとつとなり、素晴らしい音楽が舞台で放たれました。
ファンを大切にし、アンコールに応えるのが大好きなキーシン。
昨日の兵庫公演でも、お約束のようにたくさんのアンコールを弾いてくれました!
シューマン/リスト編:「献呈」
ショパン:スケルツォ第2番
ショパン:小犬のワルツ
ショパン:ワルツ第7番
グリーグ:「詩人の心」
先日行われた記者会見の模様が下記WEBで掲載されました。
YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news2/20111004-OYT8T00988.htm
asahi.com(朝日新聞社)
http://www.asahi.com/showbiz/pia/AUT201110040062.html
エフゲニー・キーシンの初来日は、25年前の1986年10月。
ロシア・ソヴィエト芸術祭の一環としてスピヴァコフ率いるモスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団との共演、そして東京と横浜でリサイタルを行いました。
この時の日本での公演がキーシンの初めての西側でのコンサートであり、その来日中に15歳の誕生日を迎えました。
2011年10月3日に都内ホテルでエフゲニー・キーシン、デビュー25周年記念の記者会見を行いました。
来日直後に体調を崩してしまい、残念ながら10月1日サントリーホール・ガラ公演はキャンセルをしてしまいましたが、この日は体調も戻りにこやかに会見に臨みました。
「親愛なる日本の皆さん!また皆さんにお会いすることができて、とても嬉しく思っています。
早速、皆さんからのご質問にお答えしましょう!」“どうぞ!”と日本語で言い、会場を沸かせました。
協奏曲を今まで演奏しなかった理由について。
「今まで長い間、日本でオーケストラとの共演や室内楽のコンサートを行ってこなかったのは、2つの理由があります。まずは、僕が長く演奏できるということ、もう一つはコンサートの全てを自分自身で責任を持てる、ということです。しかし、今年は僕のデビュー25年のフェスティバルを開いてくださるというので、いろいろな面を聴いていただこうと思ったのです。グリーグのピアノ協奏曲は、たくさんある協奏曲の中からに“シンプルに弾きたい!”と思いました。
グリーグは僕の故郷ロシアでは人気があります。西側に住むことになり彼が正しく評価されていないことに驚きました。僕はこの作品を愛すべき素晴らしい作品だと思っています。先日、グリーグの住んでいた家を訪れる機会があり、多くのインスピレーションを得たばかりです。」
リストについて聞かれると。
「今回のプログラムは、リストの作品の中でも表現性豊かな作品を選んだつもりです。
しかし残念ながら、音楽を言葉で表現することはとても難しいです。音楽には言葉を超えた、言葉ででは伝えきれないことまで訴える力があります。
ここでロシアの小咄!ソ連時代に尊敬され、活躍した音楽評論家の話したことなのですが…。
ちょっと上手く説明できません!これはまた後で。とにかく、音楽を言葉で説明できません!
音楽の事を言葉にするプロの方たちが日本にも沢山いらっしゃるので、それはこういった方たちにお願いして。。。」
自身のピアニスト人生について。
「僕は11ヶ月の時にバッハのフーガを口ずさみ…と、幼いころから才能があると思われていたのですが、僕の両親は子供らしい生活、学業を大切にするよう、心をくだいてくれました。
25年、このように音楽活動を行うことができ、第一に神に感謝したいと思います。また神童と呼ばれ、活動を始めましたが、僕を愛情深く見守り導いてくれた両親、先生に感謝しています。」
震災が発生した時から心を痛めていたキーシンは、日本ツアーの出演料の一部を復興のために寄付いたします。また、東京で行われる【キーシン・フェスティバル2011】の3公演のチケット売り上げの一部は義援金として東日本大震災の被災地に送られます。
今回の記者会見はUstream配信をしており、アーカイブでその様子をご覧になれます。
※配信は一部映像と音声が途切れております。ご了承ください。
http://ustre.am/DuwZ
キーシン・フェスティバルの公演プログラムが完成しました!
ご来場頂き、会場でお買い求めください。
¥1,000で販売しております。
→ キーシンの公演情報はこちらから
「21世紀の巨匠」エフゲニー・キーシンの日本ツアーが4月8日の大阪公演からスタートいたしました。
その“熱狂の一夜”の公演レポートが届きましたのでお知らせします。
“ジュリエット”のはじめの数音を弾いただけで、そこにキーシンが帰ってきたと感じさせられる。
その繊細、かつ温かい音はまるで一本々々糸を丁寧に重ねていく絹織り職人のようだ。
美しいジュリエットのメロディーからマキューシオを経て、一気に大胆かつ豪快なモンタギュー&キャピュレットのクライマックスへともっていく。
3年間、彼を待ち続けた聴衆は「ロミオとジュリエット」が終ったと同時に、大きな拍手でキーシンを迎えてくれた。
いつも“その時に一番自分の好きな曲”を演奏曲にするキーシンが今回選んだ曲はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番「戦争ソナタ」。 17年前に演奏して以来コンサートで弾いていないこの曲を新たな気持ちで取り組みたいとツアー曲に入れた。「戦争ソナタ」の前には有名な「ロミオとジュリエット」を持ってくることでお客さまに“プロコフィエフ”の世界に入って頂き、耳慣れた上で「戦争ソナタ」を聞いて欲しいという細かな配慮がされている。
後半のショパンはどの曲も彼にとって大切な曲だが、ポロネーズ、マズルカ、練習曲のそれぞれが今までの本番にプロミングされていないものばかり。
パリを拠点とするキーシンが、ともに祖国を離れてパリに滞在した作曲家に焦点をあてて、一夜を創り上げていく。
大阪での公演はスタンディングオベーションの大盛況に終わり、本プロが終って1時間たっても聴衆は誰一人として帰ろうとしなかった。
この進化し続けるキーシンの姿を是非東京公演でも感じて欲しい。
≪公演情報≫
4/19(日)19:00 サントリーホール 残券僅少!
4/23(木)19:00 サントリーホール
4/26(日)19:00 サントリーホール
⇒プログラムなど詳しい情報はこちらから
キーシンとアシュケナージの最高の組み合わせによるプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番&第3番のCDがリリースされます。
2008年1月にロイヤル・フェスティバル・ホールにて、ウラディーミル・アシュケナージ指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演をライブ録音したものです。
どうぞご期待下さい!
エフゲニー・キーシン(ピアノ)
ウラディーミル・アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番&第3番
¥3,000
2009年5月13日リリース
TOCE-90059(HQCD)
キーシンは、1月末にはミュンヘンで、プロコフィエフとショパンの日本と同プログラムでリサイタルを行い、ヴィルトゥオジティ溢れる演奏で、ミュンヘンの人々を大いに沸かせました。
「音楽の友」5月号では、日本でのコンサート・ツアーより一足先に行なわれたこのリサイタルについて
音楽ジャーナリストの城所孝吉さんによるレポートとインタビューが掲載されています。
東京のリサイタルへの期待がますます高まります!
⇒東京公演の詳細はこちら
↑5月13日発売!
常に進化を続け、21世紀の巨匠への道を歩むキーシン。
11月17日のルツェルンを皮切りに、キーシンのワールド・ツアーが始まりました。
ルツェルン、ジュネーブ、ルクセンブルグ、アムステルダム、ミラノと続いたリサイタルは各地で絶賛を浴び、 12月14日にはサンクトペテルブルグで、ユーリー・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー と共演をしました。
その時の様子をサンクトペテルブルグ在住の大塚健夫さんがレポートしてくださいました。
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エフゲニー・キーシン、ユーリー・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー演奏会
12月に入り、ペテルブルグのネフスキー大通はクリスマスの飾りにおおわれ、いかにも年の瀬という雰囲気になってきた。14日日曜日19時の開演前、外気温は零下二度だがフィルハーモニー大ホールは立見席も含めて満員の熱気に包まれていた。
70歳の誕生日を迎えたばかりのユーリー・テミルカノーフ指揮、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニーのコンサートにエフゲニー・キーシンが出演する。この日は今年で9回目を迎えるという12月の「芸術広場」冬の音楽祭の初日にもなっている。「芸術広場」というのはフィルハーモニーや、ミハイロフスキー劇場、ロシア美術館のある市中心部の一角の地名。
曲目はブラームスのピアノ協奏曲第一番。冒頭のティンパニーの響きからオーケストラは抑え気味の渋い響き。第一楽章第二主題のピアノ・ソロ、キーシンは全体的なレガートの中で長いフレーズをじっくりとうたい上げてゆく。まさにロシア・ピアニズムの伝統であり、彼らのお家芸ともいえる。一方でブラームス特有の中声部の旋律もしっかりと聞かせてくれるのもキーシンならではの知的な演奏。
今回キーシンはかなり早めにペテルブルグ入りして入念なリハーサルをしたようだ。テミルカーノフも単独での指揮ときのような、殆どオケに任せてときどきパフォーマンスを見せるというという指揮ぶりとはうって違って、非常に細かいところまで指示を出していた。共演するペテルブルグ・フィルハーモニーはいつも天下一品の技術とフレキシブルな対応でソリストをサポートするが、今宵の演奏もまさにそのとおりであった。
二楽章のピアニシモのピアノ・ソロは、響きの美しさに加えてポリフォニックな音楽づくりに思わず引き込まれる。過ぎ去った日々を思い出すような哀愁のある旋律で木管がこれを支えてゆく。ファゴットのソリストは今年78歳になるムラヴィンスキー・レニングラード・フィル時代からの往年の名奏者オレク・タルィピン。終楽章のロンドは早めのテンポでグイグイとひっぱり、「青春ブラームス」の第二主題ではたっぷりと歌い、ああ天才少年キーシンも青春を回顧するような円熟の年代に入ったのかと筆者は勝手に考えていた。
キーシンといえば少年キーシンのデビュー盤ともいえるショパンのコンチェルト(D.キタエンコ指揮)、そして今や伝説となった最晩年のカラヤン=BPOとのチャイコフスキーのシルベスター・コンサートでの共演をまず思い浮かべてしまい、彼がどんなブラームスを聴かせてくれるのかというのはとても楽しみであった。
豊かなロシア伝統のピアニズムをもって、きちんとコントロールの効いたスケールの大きなブラームスをうたいあげたキーシンの知的なロマンティシズムに、ふだん比較的おとなしいペテルブルグの聴衆も熱狂的なブラボーで応じた。
カーテン・コールは何度にもおよび、鳴りやまぬ拍手にこたえてショパンのノクターン嬰ニ長調作品27の2が演奏された。
(サンクト・ペテルブルグ 大塚健夫)
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キーシンのワールド・ツアーは、1月にはパリ、トゥールーズ、ミュンヘンで、その後アメリカ、台湾、香港、ソウルへと続き、4月上旬からは いよいよ日本でのツアーが始まります。
ご期待下さい!
⇒日本公演の詳細はこちらから
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