2012年07月19日

「20年後も、ゲルギエフとラフマニノフの3番を弾いていたい」デニス・マツーエフのインタビュー

「20年後も、ゲルギエフとラフマニノフの3番を弾いていたい」
ゲルギエフ指揮、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番
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─ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団とのツアーでは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏されますね。
 ゲルギエフと私のコンビによるこの作品の演奏は、“これぞラフマニノフの3番”とよく言われます。私自身にとっても、名刺代わりのような作品です。とても大きな爆発力を秘めている。そして、ピアニストの心理的、技術的、肉体的な状態があらわになる。初めて聴くピアニストの演奏でも、この作品の冒頭1分間の主題を聴いただけで、その人の音楽性を量ることができる。絶対に弾けるという自信がなくては取り組んではいけない作品だと思います。
日本でラフマニノフの3番をゲルギエフと演奏するのは、今回が初めてとなります。このコンビでの演奏は、太鼓判を押しておすすめしますよ!

─オーケストラが、マリインスキー歌劇場管弦楽団だということもとても楽しみですね。
 はい。彼らは決して“伴奏”にまわることがない。まるで自分たちだけでシンフォニーを弾いているような演奏をします。すばらしいオーケストラは、全員が一つの音楽を目指している、そして、音楽への深い愛着を持っています。彼らはその実力を、日本でこれまで幾度も証明してきました。

─ゲルギエフ氏には、音楽的にどのような点で共感されるのでしょうか?
 ゲルギエフが天才だということは、日本のみなさんもご存知ですから、言うまでもありません。まさに世界市民です。彼は、良い意味で予測不能な人です。この世には良い演奏家がたくさんいますが、そのうちの数百人は予測ができる音楽家です。でも、それではおもしろくない。ゲルギエフとの共演のおもしろさは、本番のその場でまったく新しい解釈が生まれてくるところにあります。すべての音符が頭に入っている作品ですら、ふと、まったく別の音楽のように聞こえる瞬間がある。これこそが、ステージに立つ魅力です。
 以前、こんなことがありました。ゲルギエフとの共演中、まるで自分がピアノの向こう側で、聴衆のようにピアノとオーケストラを聴いているような感じがしたのです。終演後それを彼に言うと、なんと彼も指揮台を離れて聴衆の立場で聴いていたような気がしていたと言うではありませんか。そんなトランス状態を一緒に体験したことがあります。ちなみに、二人とも一滴もアルコールは入っていませんでしたからね(笑)。
私たちは最近、ほとんどリハーサルをしません。必要ないということがわかったからです。これは、私が気に入っているテミルカーノフ氏の言葉です。「リハーサルで完璧に仕上げた音楽を本番のステージに持ち込もうとすれば、それは音楽を殺すことになる。音楽を創り上げるプロセスは、音楽家同士が互いに肘で小突きあうようなものだ。おもしろいことはすべて、本番でしか起こらない」。

─ラフマニノフの3番は、昨年ついにそのコンビでの録音が実現しました。
 それまで、なぜかラフマニノフの3番を録音したことがなかったのです。彼と録音することを待っていたのかもしれません。まさに、真髄にふれたという手ごたえを感じました。
 20年後、何をしていたかと問われたら、私はこう答えるでしょう。「20年後も、ゲルギエフ氏とラフマニノフの3番を演奏していたい」と。


「音楽家がすべきことは、全てを込めて演奏する、それだけだ」
プレトニョフ指揮、リストのピアノ協奏曲1番&2番
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─プレトニョフ指揮のリストのピアノ協奏曲1番&2番のリリースが、日本でも予定されていますね。
 プレトニョフ氏が以前、こんなことを言いました。世界にはたくさんの賢い人間が存在する。言葉巧みに音楽の素晴らしさを表現してくれる、音楽評論家という人もその一人だろう。一方私たち音楽家がすべきことは、とにかくすべてを込めて演奏する、それだけだ、と。
 昨年はリストの生誕200年だったこともあって、いろいろな場でたくさんこの作品を演奏しました。それに、プレトニョフ氏も私も、チャイコフスキーコンクールでリストの協奏曲第1番を演奏して優勝したという縁があります。手前味噌の話になりますが、ライナーノートのメッセージでプレトニョフ氏が、「マツーエフは一番のリスト弾きだ」書いてくださったのも嬉しいです。ロシア国立交響楽団とともに、すばらしい形で録音を残すことができました。やはり録音というのは演奏家にとって、その瞬間の自分を記録できる大切なものです。


「ステージに上がると、身体が癒されていく」
最近の活動
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─音楽祭の企画や、インターネットを通じた演奏の配信など、さまざまな活動をされていますね。
 今、フランスで1つ、ロシアで4つ、合計5つの音楽祭に関わっています。私のインターネットサイトを通じてこういった音楽祭を配信することで、自宅で誰もが上質のコンサートを聴くことができるようになれば、素晴らしいと思います。「マツーエフ・サイト」では、私が世界のいろいろな場所から毎週ビデオブログで登場するという試みをしています。私のすべての秘密を披露するわけにはいきませんが(笑)、これまで公開されることのなかった私の顔を聴衆のみなさんにお見せできるはずです。普通のクラシック音楽家にはないタイプのサイトだと思いますよ。

─そうした活動の根本には、世界中の、一人でも多くの人にクラシック音楽を届けたいという想いがおありなのでしょうか。
 はい、そうです。これだけ長きにわたり世界中から愛されるクラシック音楽というものは、稀有な芸術だと思います。日本の皆さんにも届けたい。3月11日、あの悲劇的な災害が起きたとき、ロシアでどれほどの多くの人が日本人の忍耐強さに心を打たれたことでしょう。どれほどの強い心をもって、この悲劇を乗り越えようとされていることか。私はもともと日本が大好きでしたが、あの時ほど改めて日本の素晴らしさを感じたことはありませんでした。以来、日本を訪れることは、より大切なイベントとなっています。

─震災から少し時間が経ち、音楽で心を支える活動がようやく意味を持つ時期となったような気もします。社会の中で音楽が持つ力、役割とはどういうものだと思っていらっしゃいますか?
 とても大切な役割を持っていると思います。第2次世界大戦の時、レニングラード(今のサンクトペテルブルク)がドイツ軍に300日間包囲されたことがありました。その只中、包囲されたフィルハーモニーホールでショスタコーヴィチの交響曲第7番を演奏するため、やせ細り、飢えと寒さに苦しむレニングラード交響楽団の音楽家たちが、這うようにしてホールに集まり演奏したというのです。ショスタコーヴィチの書いた交響曲第7番は、当時の厳しい現状や、強い魂がとてもよく表された作品です。このエピソードは、音楽の持つ力の強さを表していると思います。
 今、テロや経済破綻、病など、さまざまなストレスとマイナス要素が世界を支配しています。しかし私は、音楽に、人を“治療”する力があるということを、100%信じています。芸術の殿堂は、一歩足を踏み入れれば本当に神聖な場所なのです。ですから、できるだけ多くの人にコンサート会場へ足を運んでほしいと思うのです。
 これも大先輩のテミルカーノフ氏が言ったことです。「演奏会を聴きに行くことを余興と思ってほしくない。音楽には、感じるための準備が必要だ」と。初めてコンサートに行く人がブルックナーの交響曲第1番を聴かされたら、頭に「?」が浮かんで二度と出向かなくなってしまうかもしれません。最初は、よりわかりやすい演目を選んで聴くべきだと思います。
音楽を聴いて、涙を流す人がいる、ユーモアを感じて笑う人がいる、あまりに強いエネルギーを受けすぎて、椅子に縛り付けられたようになる人もいる。クラシック音楽の持つ魔術というのは、まさにそういうことです。自分で何かを感じ取るようになれば、まるで麻薬のように、とり憑かれて抜け出せなくなるのではないでしょうか。
若者のクラシック音楽離れが進まないうちに、どんどんホールに足を運んでもらえるような活動をしたいと思っています。
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─とてもお忙しそうですが、体調管理はどのようにされているのですか?
 今、1年に約175回の演奏活動をしています。頭がおかしいんじゃないかと言う人もいますが(笑)、これはこなすことが可能な範囲だと思って自分で決めていることです。最近、こういう言葉を思い付きました。「ステージセラピー」。どんなに寝ていなくて疲れていても、ステージに立つと新しい発見があり、そして体が癒されていくのです。とても不思議な感覚ですよ。

─ステージに上がる時にまったく緊張しないというお話を聞いたこともありますが。
 はい、緊張しません。本番のある日は、朝起きると火がくすぶるように、だんだん気持ちが高揚し、ワクワクしてくるのです。私の演奏を聴くために、満員の聴衆が会場に集まっているところを見たとき、沸き立つような興奮と責任を感じます。人を魅了しようと思うのではなく、音楽と聴衆に対して真摯であること、そして自分らしくあることが一番大切だと思っています。
私は子供のころから今のような感じでした。ちょっとクレイジー(笑)。とにかく、親でも友達でも、人前で弾くのが好きだったんです。ありがたいことに、それがいまだに続いているのですよ。

文:高坂はる香

 

ワレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団

2012年11月12日(月)19時開演 サントリーホール
歌劇「ランメルモールのルチア」<コンサート形式>日本語字幕付き
ソプラノ:ナタリー・デセイ

2012年11月14日(水)19時開演 サントリーホール
ピアノ:デニス・マツーエフ

公演の詳細はこちらから
posted by Japan Arts at 17:23| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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