2012年05月07日

ルーカス・ゲニューシャスの電話インタビュー

2012年7月6日の来日公演リサイタルへ向けて電話インタビューを行いました。
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Q:ショパン・コンクール本選の時から、ゲニューシャスさんの音楽は、オーラをまとっている、場の雰囲気が一変する・・・などと評されていますが、ショパンの作品はどのようなことを感じて演奏しているのですか?
A:演奏をしている私の立場からすると、音楽的な行為のプロセスを具体的に言葉で説明するというのはとても難しいことです。ある曲を弾く時に、自分から意識的に何か具体的な物をイメージしているか、あるいは何かの思いをこめているか、ということははっきりとは言えません。不意に、具体的なイメージがまざまざと浮かぶことがありますが・・・。
私は5歳から音楽を始めたのですが、私のように物心がついてからずっと音楽をやってきた人間は音楽そのものの言語で音楽を理解するようになるものです。決して、音楽が喚起するイメージの言語で理解しているのではありません。それは言わば二次的な言語なのです。一次的な言語というのは音楽が奏でられる時の音の響きそのものなのです。私たちは自分の感情や思いをこの音楽の言語で語ります。そこには文学的な連想や装飾が入り込む余地はありません。音楽の言語はとても表現豊かなので、ほかの言語で補ったりする必要がないのです。

Q:今回は、ソナタの3番を演奏してくださることも楽しみです。この大作に初めて取り組まれたのはいつごろですか?その時から、今とでは作品に対する考えはどのように変わりましたか? 
A:ショパンのソナタ第3番を演奏するようになったのは1年ほど前からで、それから何回もコンサートで演奏しています。多分、15回以上は弾いたでしょう。もちろん、このソナタはショパンのドラマチックな名曲のひとつで私にとってはピアニストとしてめざすべき到達点のひとつだと思いますし、とても難しい曲なので、かなりの時間をかけて練習しました。ショパンのソナタは第3番だけでなく、第1番も、第2番もレパートリーに入れており、ソナタ3曲で構成するプログラムで何度かリサイタルを行なっています。もちろん、メインとなるのは第3番ですね。
このソナタは、もちろん、以前からよく聴いていましたし、もともと大好きな曲だったのですが、いざ練習を始めると、当初は演奏にのめりこんでしまって、自分の感情のおもむくままに弾いてしまい、細かいニュアンスをきちんとコントロールできず、ディテールが抜け落ちてしまっていることに気がつきました。その後、練習も含めて何十回も弾いてきて、より客観的に自分の演奏を聴けるようになると、こうしたディテールの脱落が目につくようになってきました。今は抜け落ちていたディテールを拾い集めて、細かい仕上げをしているところです。

Q:そして、今回のリサイタルの後半はラフマニノフを選ばれましたね。ラフマニノフの前奏曲と、ショパンの前奏曲には、何か関連を感じますか? 
A:ラフマニノフとショパンの前奏曲に特に何か大きな関連性があるようには思えません。19世紀にショパンが作曲した「24の前奏曲」について、20世紀に24曲の前奏曲を作曲したラフマニノフが何も知らないはずがないし、何らかの影響を受けているとは思いますが、ただ、それは後世の作曲家が前の時代の作曲家から影響を受けているという一般的な意味合いでの影響の域を超えるものではないと思います。
ショパンとラフマニノフという組み合わせは、どちらもヨーロッパのロマンの香りが漂う曲ですけど、ショパンはポーランド出身で、大きく分ければスラブ系の文化圏に入るし、ラフマニノフも同じくスラブ系なので、そういう意味では二人には共通する点が数多くあります。
ラフマニノフの前奏曲24曲のうち、12曲を演奏しますが、これも適当に選んだわけではなく、ショパンのソナタ第3番とのバランスを考えて選曲しました。特にOp.32の前奏曲はラフマニノフが作曲家として成熟してきた時期の作品で、ショパンのソナタと互角に渡り合えると思います。

Q:音楽家一家に生まれられましたが、そのことをどのように感じていますか?生まれながらにピアニストになるように周囲から思われていた・・・など、素人は思ってしまいますが、プレッシャーだったこと、逆に良かったと思うこと、それぞれを教えてください
A:私が音楽一家に生まれたという事実は、私の運命を100%決定づけたと言えるでしょうね。私が生まれつき持っていた音楽的な才能は家族のサポートがなければ、現在の能力の10%も開花しなかったでしょう。祖母(ヴェラ・ゴルノスタエヴァ)は偉大な音楽家であり、名教師で、私の教育に全力を注いでくれました。同時に祖母だけでなく、両親ともに音楽家で、私の音楽家としての成長に全身全霊を傾けてくれました。それと、最近亡くなった私の父方の祖父もヴィリニュスのリトアニア国立歌劇場の首席指揮者を40年間務めた人で、この祖父からもとても大きな影響を受けました。そういう意味でも家族は私の人生において大きな位置を占めています。

Q:ゴルノスタエヴァ先生は、日本ともとても縁がある方ですが、ゲニューシャスさんにとってはどのような存在なのでしょうか?小さいころ、一番印象に残っている教えは何ですか? 家庭での音楽教育はどのようになされていたのでしょうか?
A:祖母から日本のNHKの音楽教育番組に出演していた頃の話をよく聞かされました。祖母にとってはとても懐かしい思い出らしいですよ。
ところで、音楽教育のことですが、5歳でピアノを始めた当初は祖母の友人のアレクサンドル・ベロメストノフという方にピアノを教わりました。その後、数年経ってから祖母に教わるようになったのですが、最初から特別な雰囲気でレッスンを受けてきた記憶があります。私は当たり前ですけど、祖母にとっては孫なので、一般の生徒や学生と比べると、いろいろな意味で特別扱いを受けていたと思います。他の生徒とは接し方が全く違うのです。もちろん、どの生徒に対しても分け隔てなく、誠心誠意、熱心に音楽を教えてはいましたけど、やはり、自分の孫に対する祖母の情というのは違うのでしょうね。ともかく、祖母は私のことを心から愛してくれたし、自分を犠牲にして私のために尽くしてくれました。両親、特に父は祖母のアシスタントを長年にわたって務めたこともあり、音楽家として祖母のことを尊敬していましたし、祖母が私に厳しく音楽を教えることについても全面的に信頼して任せていたようです。ともかく、祖母は私のために人生のほとんどを捧げてくれたと言っても過言ではないほどで、私の音楽家としての成長は家族、特に祖母のサポートがなければ、あり得ませんでした。
祖母から12年以上にわたってピアノのレッスンを受けてきたわけですが、その間、レッスンだけではなく、音楽について様々なことを語り合ったりしました。祖母はピアニスト、教師としての輝かしい実績もあり、人生経験も豊富で、リヒテル、ギレリスといったロシアの音楽界の錚々たる人たちと親交があり、祖母からは音楽だけではなく、様々なことを学びました。
ただ、私が大きくなってモスクワ音楽院に入学する前後から、時折、祖母と衝突するようになりました。私に対する祖母の過度の愛情のせいだと思いますが、私のほんのちょっとした行動に大袈裟に反応したり、干渉したりするのが私にはひどく煩わしく思えて、祖母に反抗したり、また、しばらくして仲直りする、ということを繰り返しました。それでも、祖母とのレッスンが中断することはありませんでした。雰囲気は険悪でしたけど。
最近は祖母も私のことを独立した大人として認めてくれるようになり、以前のように付き合えるようになりました。何と言っても家族ですし、祖母と孫の関係は変えようがありませんから。

Q:小さい時からピアノのレッスンは好きでしたか?イヤだと思ったことはありませんか?
A:音楽をやめようと思ったことはありませんけど、ピアノを習い始めた当初は、今ほど音楽が好きではありませんでした。でも、音楽家の家庭に生まれ、音楽家になることが自分の天命だと思っていましたし、祖母も両親も音楽家ですから、私に音楽の才能があり、きちんと教育すれば、開花すると確信していたのでしょう。ですから、私にピアノを教えようと決めたのでしょう。

Q:ピアノを弾かない時、普段はどのようなことをして過ごしていらっしゃるのでしょうか?
A:現在、モスクワ音楽院の4年生で、15歳の頃から演奏活動を行なってきましたが、最近はコンサートの回数も増えて、練習もしなくてはいけないので、以前ほど自由な時間は少なくなりました。それでも、友達がたくさんいるので、カフェでおしゃべりをしたり、プールやサウナに行ったり、絵を描いたり、写真を撮ったり、ギターを弾いたり、ヒップホップに夢中になったり、ガールフレンドとも付き合っているし、ごく普通の学生と同じように過ごしています。
以前父が私の運命を暗示するようなことを言ったことがあります−「音楽が趣味だと思えるようになったら、お前も一人前の音楽家だよ」と言うのです。仕事上の義務として、いやいや練習したり、演奏するのではなく、本当に好きで音楽を聴いたり、楽しんで演奏したりするようになったら一人前の音楽家だというのです。まさしくその通りですね。今、自分はいろいろな演奏家の様々な曲、特に20世紀の音楽をCDで聴いたりするのが好きで、ピアノを弾くのが楽しくてしょうがないのです。まさに「趣味は音楽」という日々を謳歌しています。
練習時間は日によって違いますけど、最低でも3〜5時間は練習しています。

Q:最後に、来日を待ち望んでいる日本の聴衆にメッセージをお願いします。
A:
ショパン・コンクール入賞者ガラ・コンサートが行なわれた2011年1月に初めて日本を訪れた時、私にはとても懐かしい国にしばらくぶりに戻ってきたような不思議な感覚がありました。それというのも、祖母のヴェラ・ゴルノスタエヴァが私の小さい頃から折に触れて、日本について、日本の人々について、日本の生活、文化、風物、日本料理についてたくさん話を聞かせてくれ、私の頭の中に日本のイメージがしっかりと植えつけられていたからでしょう。すぐに日本が大好きになりました。
前回の日本ツァーではコンサートのアレンジも行き届いていて、大勢のお客様に私たちのコンサートを熱心に聴いていただき、温かい歓迎を受けました。今回のコンサートでも日本の音楽ファンの皆様に喜んでいただけるような演奏をしたいと思います。ぜひ、コンサートにお出かけください。

ありがとうございました。日本でお会いするのを楽しみにしています。

2012年4月21日 電話インタビュー



『ルーカス・ゲニューシャス ピアノ・リサイタル』
2012年7月6日(金) 19時開演 紀尾井ホール
<曲目>
ショパン:幻想ポロネーズ変イ長調作品61
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
ラフマニノフ: 前奏曲集Op.23より 第1番〜第7番
ラフマニノフ: 前奏曲集Op.32より 第1番、4番、11番、12番、13番

詳しい公演情報はこちらから
posted by Japan Arts at 15:11| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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