終演後に、音楽評論家の那須田務氏をナビゲーターに、メルニコフ氏を迎え「アフターパフォーマンス・トーク」を開催いたしました。その時の様子をご報告いたします。

Q: メルニコフさんは「ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ」全曲を1日で演奏してくださり、私たちは非常に感銘を受けたのえすが、この1日で全曲を演奏することについて、メルニコフさんの意図をお聞かせください。
メルニコフ:ショスタコーヴィチは、この作品を部分的に取り上げて演奏しても良いと言っていますが、私はこの作品をまとめて演奏し、まとめて聴いていただいた方が、この作品の素晴らしさがより伝わるように感じています。現に最近日本に来る前にも何度か、全曲を1日で演奏してきました。これは世界的に見ても初めてのことだと思います。
Q:24曲を前後2つ(12曲ずつ)でなく、三つの部分に分けて弾いている意図をお聞かせいただけますか?
(第1部:第1番〜12番、第2部:第13番〜16番、第3部:17番〜24番)
メルニコフ:24曲の中で、特に15番と16番がそれ以外の曲と違い個性的だからです。特に、15番の前奏曲は非常にモダンな音楽です。まるで1920年代のストリート・ミュージックのように感じることさえあります。それと対照的に16番はバロック以前の音楽のような作風で、この2曲は突出しています。その為、16番までを演奏したところで一区切りつけたのです。
Q:ショスタコーヴィチは彼が生きていた時から、同時代の人々から、その後の研究家たちなどから、いろいろな評価をされていますが、ショスタコーヴィチの作品全般について、メルニコフさんご自身はどのように感じていますか?
メルニコフ:ショスタコーヴィチの作品については、実に様々な解釈がされてきましたし、現在でも多くのことが言われています。政治との関係、ソ連時代という世の中での評価と、ロシアになった今の時代の中での評価も変わってきています。しかし、私の使命は、彼に関するさまざまな意見から「作品を独立させる」ということにあります。ショスタコーヴィチ自身は全く政治的な人間ではなかったのです。そしてショスタコーヴィチの「作品そのものが全てを語っている」ということをお伝えしたいと思います。
ロシアにおいてもロシア以外においても、彼の作品については色々な政治的な解釈がまかりとおり、誤解を生んできたのは、『ショスタコーヴィチの証言』(1979年に、ロシア人音楽学者ソロモン・ヴォルコフによって書かれた本。ショスタコーヴィチの作品はソ連当局を告発し、反体制運動を支持する意図を隠すものであったとされている。)に最も影響されてきたためだと思います。私は、彼の友人が書いた著作と、彼の書簡集を最も信頼しています。そこの中でも、ショスタコーヴィチは「表現したいことは全て音楽によって表現している」ということです。
Q:この作品を演奏するにあたって聞いた録音を教えていただけますか?
メルニコフ:全曲を演奏したいと思ってから、全ての録音を聴きました。私が最も気に入っているものは、ショスタコ−ヴィチ自身が演奏した録音です。他にもイザベル・ファウストとヴァイオリン・ソナタを録音する前に、ショスタコーヴィチのピアノ、オイストラフのヴァイオリンによるものを聴きました。ショスタコーヴィチはかなり高齢でしたし、オイストラフは初見という状態でしたし、さらに家庭での演奏を録音したというもので、十分な技術が駆使されたものではありませんでしたが、僕たちはその演奏に心が惹きつけられました。そこにはショスタコーヴィチの言いたいことの真の部分がありました。それと同じことをショスタコーヴィチが弾いた「24の前奏曲とフーガ」の録音にも感じたのです。
Q:24曲の中で、技術的に一番難しいもの、最も簡単だったものを教えていただけますか?
メルニコフ:テクニック的に難しかったものは12番と15番ですね。簡単な曲は・・・ニエット!ありません(笑)。
Q:メルニコフさんの楽譜は、蛍光ペンで色が塗られてカラフルですが、その意図は・・・。
メルニコフ:24曲中、1曲を除いてすべての曲の中で、対位法が駆使されており、それを明確に意識するために行いました。もちろん本番は、ほとんど譜面を見ることはありませんけれども!
Q:その例外的な1曲は何番ですか?
メルニコフ:第22番です。この曲は、ショスタコーヴィチが意識して、自分の独自のもの、存在意義を示すために彼自身の表現方法を示しているところだと思います。
Q:メルニコフさんの演奏は、ダイナミックな大きく強い音から、ペダルを3つ同時に踏む・・・などという工夫もされ出されていた)天国的な美しい弱音まで、本当に多くの音色を演奏されていました。その秘訣を教えてください。
メルニコフ:日本はさまざまなことに長けた国で、私はとても尊敬しています。今日演奏したピアノを調律をしてくださった外山さんも、そのような人に連なると私は思います。この「24の前奏曲とフーガ」という驚異的、超人的で非常に長い作品を、皆さまに飽きずに(!)魅力的に聴いていただくためには、ひとつひとつの音を魅力的に、工夫をして演奏する必要があったのです。今日の公演を楽しんでいただけたのでしたら、それは素晴らしいピアノ、長いコンサートを集中して聴いてくださった聴衆の皆さんのおかげです。

メルニコフさんが着ていたTシャツには「Op. 87」の文字が!

Q: メルニコフさんは「ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ」全曲を1日で演奏してくださり、私たちは非常に感銘を受けたのえすが、この1日で全曲を演奏することについて、メルニコフさんの意図をお聞かせください。
メルニコフ:ショスタコーヴィチは、この作品を部分的に取り上げて演奏しても良いと言っていますが、私はこの作品をまとめて演奏し、まとめて聴いていただいた方が、この作品の素晴らしさがより伝わるように感じています。現に最近日本に来る前にも何度か、全曲を1日で演奏してきました。これは世界的に見ても初めてのことだと思います。
Q:24曲を前後2つ(12曲ずつ)でなく、三つの部分に分けて弾いている意図をお聞かせいただけますか?
(第1部:第1番〜12番、第2部:第13番〜16番、第3部:17番〜24番)
メルニコフ:24曲の中で、特に15番と16番がそれ以外の曲と違い個性的だからです。特に、15番の前奏曲は非常にモダンな音楽です。まるで1920年代のストリート・ミュージックのように感じることさえあります。それと対照的に16番はバロック以前の音楽のような作風で、この2曲は突出しています。その為、16番までを演奏したところで一区切りつけたのです。
Q:ショスタコーヴィチは彼が生きていた時から、同時代の人々から、その後の研究家たちなどから、いろいろな評価をされていますが、ショスタコーヴィチの作品全般について、メルニコフさんご自身はどのように感じていますか?
メルニコフ:ショスタコーヴィチの作品については、実に様々な解釈がされてきましたし、現在でも多くのことが言われています。政治との関係、ソ連時代という世の中での評価と、ロシアになった今の時代の中での評価も変わってきています。しかし、私の使命は、彼に関するさまざまな意見から「作品を独立させる」ということにあります。ショスタコーヴィチ自身は全く政治的な人間ではなかったのです。そしてショスタコーヴィチの「作品そのものが全てを語っている」ということをお伝えしたいと思います。
ロシアにおいてもロシア以外においても、彼の作品については色々な政治的な解釈がまかりとおり、誤解を生んできたのは、『ショスタコーヴィチの証言』(1979年に、ロシア人音楽学者ソロモン・ヴォルコフによって書かれた本。ショスタコーヴィチの作品はソ連当局を告発し、反体制運動を支持する意図を隠すものであったとされている。)に最も影響されてきたためだと思います。私は、彼の友人が書いた著作と、彼の書簡集を最も信頼しています。そこの中でも、ショスタコーヴィチは「表現したいことは全て音楽によって表現している」ということです。
Q:この作品を演奏するにあたって聞いた録音を教えていただけますか?
メルニコフ:全曲を演奏したいと思ってから、全ての録音を聴きました。私が最も気に入っているものは、ショスタコ−ヴィチ自身が演奏した録音です。他にもイザベル・ファウストとヴァイオリン・ソナタを録音する前に、ショスタコーヴィチのピアノ、オイストラフのヴァイオリンによるものを聴きました。ショスタコーヴィチはかなり高齢でしたし、オイストラフは初見という状態でしたし、さらに家庭での演奏を録音したというもので、十分な技術が駆使されたものではありませんでしたが、僕たちはその演奏に心が惹きつけられました。そこにはショスタコーヴィチの言いたいことの真の部分がありました。それと同じことをショスタコーヴィチが弾いた「24の前奏曲とフーガ」の録音にも感じたのです。
Q:24曲の中で、技術的に一番難しいもの、最も簡単だったものを教えていただけますか?
メルニコフ:テクニック的に難しかったものは12番と15番ですね。簡単な曲は・・・ニエット!ありません(笑)。
Q:メルニコフさんの楽譜は、蛍光ペンで色が塗られてカラフルですが、その意図は・・・。
メルニコフ:24曲中、1曲を除いてすべての曲の中で、対位法が駆使されており、それを明確に意識するために行いました。もちろん本番は、ほとんど譜面を見ることはありませんけれども!
Q:その例外的な1曲は何番ですか?
メルニコフ:第22番です。この曲は、ショスタコーヴィチが意識して、自分の独自のもの、存在意義を示すために彼自身の表現方法を示しているところだと思います。
Q:メルニコフさんの演奏は、ダイナミックな大きく強い音から、ペダルを3つ同時に踏む・・・などという工夫もされ出されていた)天国的な美しい弱音まで、本当に多くの音色を演奏されていました。その秘訣を教えてください。
メルニコフ:日本はさまざまなことに長けた国で、私はとても尊敬しています。今日演奏したピアノを調律をしてくださった外山さんも、そのような人に連なると私は思います。この「24の前奏曲とフーガ」という驚異的、超人的で非常に長い作品を、皆さまに飽きずに(!)魅力的に聴いていただくためには、ひとつひとつの音を魅力的に、工夫をして演奏する必要があったのです。今日の公演を楽しんでいただけたのでしたら、それは素晴らしいピアノ、長いコンサートを集中して聴いてくださった聴衆の皆さんのおかげです。

メルニコフさんが着ていたTシャツには「Op. 87」の文字が!