2012年02月21日

“24の前奏曲とフーガ ”について、メルニコフとチェンバロ・フォルテピアノ奏者のアンドレアス・シュタイアーの対談

ピアニスト、アレクサンドル・メルニコフとチェンバロ奏者・フォルテピアノ奏者のアンドレアス・シュタイアーの対談。 
※アンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier, 1955年9月13日 - )は、ゲッティンゲン出身のドイツのチェンバロ奏者・フォルテピアノ奏者です。

メルニコフ:長調のフーガでは、テクニックにかんして明確に言えることがあります。これは単なる偶然ではありませんが、お互い相容れない主題を実験的に取り扱っています。この主題もあり、あの主題、中世の様式、拍子記号のないものもあります。
まったくショスタコーヴィチようには聞こえないでしょう。
別の例を挙げてみましょう。長三和音を弾いてみますね。これは普通のフーガの主題とは言えないでしょう。
様式的に重要だと思われるのは、最大限にフーガの主題を変化、多様化させようとしたということでしょう。バッハの影響は大きいものですが、すべてがバッハの影響というわけではありません。
ショスタコーヴィチの社会的位置づけを考えてみましょう。反体制派であるか、そうでないか。ユダヤ人という問題と音楽とを切り離して考えることはできませんが、彼自身はユダヤ人でないものの、彼にとってユダヤ人は身近な存在でした。例えば彼の親友だったイワン・ソレルチンスキーはユダヤ人でした。
プレリュードとフーガの作品の中には、まさにクレズマー(東欧のユダヤ人たちがお祝いの時に奏でる音楽)の主題と同じものがあります。ヘ短調のものですが・・・
これはもちろんショスタコーヴィチの社会的位置づけの一部であり、彼の「市民」としての存在によるものであるでしょう。

シュタイアー:プレリュードとフーガは、自分自身のために作曲されたのであって、政府に対しての怒りでもなく、形式主義的に対する傾倒でもなかった、ということですね?
メルニコフ:全くそのとおりです。ショスタコーヴィチの作品を見ても、そして私たちも自問することでお分かりになると思いますが、社会的アジェンダの表出といったことは、この作品に関してはないのです。

シュタイアー:
ショスタコーヴィチは反体制派だったと思いますか? 分類などできないので、これは愚問でしょうか
メルニコフ:彼は反体制派ではありませんでした。いわゆるロシアの「インテリゲンツィア」でありました。崇高な「モラル・スタンダード」の血を受け継いでおり、人々にたいしてそしてロシアという国家が抱えていた社会的状況にたいして責任を負っていると感じていました。
ですから自ら反体制派というコンテクストに身を置くということはありえませんでした。もちろん、ショスタコーヴィチはこうした問題に常に直面していました。作曲家としてもです。
かなり確信はあるのですが、次のように考えたいです。ショスタコーヴィチが最大限にそうした責任を果たそうとしたことは、彼自身の作曲家としての人間性による決断ではなかったと思います。実のところ、余裕もなかったであろうし、やりたくもなかった。しかし彼は極めて正直で、極めて高徳な人間であり、そしてロシアの運命に大変苦しめられた人間であったと思います。
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アレクサンドル・メルニコフ ピアノ・リサイタル
2012年1月15日(日) 14:00 浜離宮朝日ホール
曲目 ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ 
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公演の詳しい情報はこちらから



posted by Japan Arts at 10:59| アレクサンドル・メルニコフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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