2010年12月17日

エレーヌ・グリモー/ルツェルン音楽祭現地リポート

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 世界のトップ・フェスティヴァルとして、今ではザルツブルクと並ぶ名声と出演者の豪華さを誇るルツェルン音楽祭。ここでは、毎夏すぐれた演奏家を選び特集する枠がある。これはアルチスト・エトワール(Artiste étoile)と呼ばれるシステムで、音楽祭の期間内にコンチェルトやリサイタルなどを複数回任せている。これまでのメンバーを列記してみると、アンネ=ゾフィ・ムター(01)、アルフレート・ブレンデル(02)、トーマス・デメンガとインゴ・メッツマッハー(03)、マウリツィオ・ポリーニ(04)、クリスティアン・テツラフとトーマス・クヴァストホフ(05)、エマニュエル・パユとアンドラーシュ・シフ(06)、ピエール=ロラン・エマールとジョナサン・ノット(07)、アルブレヒト・マイヤーとヨアヒム・シュレーマー(08)、イェヒム・ブロンフマンとマクダレーナ・コジェナー(09)と錚々たる名前が続いている。リストをご覧になれば一目瞭然だが、1名のみの年は過去3回しかない。今年2010年はその(1名のみの)年となった。その栄誉に浴したのがエレーヌ・グリモーである。 
 音楽祭では3週間にわたって、祝祭管メンバーとの室内楽やクヴァストホフとのデュオ、アシュケナージ/シドニー響とのベートーヴェンの《皇帝》、そしてサロネン/フィルハーモニア管とのシューマンのコンチェルトと、計5公演が組まれた(+1講演)。中でもソロ・リサイタルは、来たる2011年1月の来日リサイタルと同じプログラム、かつ彼女にしては珍しい選曲によるプログラムということで、取材を超えて個人的にも楽しみにしていた。
 しかし筆者がルツェルン入りして、最初に入ってきた連絡が「リサイタルのキャンセル」。これが届いたのは、公演の約1週間前のことだ。それ以前に体調を崩していたのがほぼ回復してきたものの、共演者のいる他公演に迷惑をかけないよう大事をとったとのこと。とても残念なニュースではあったが、このキャンセルのために、グリモーが同地で圧倒的な人気であることを再確認することになった。
 急遽代役を務めたのは、当然世界的に名のある優秀なピアニストだったのだが、完売だったにも関わらずグリモーが出ないことで会場に現れなかった聴衆の多かったこと……。彼女は一昨年2008年にアバド指揮祝祭管弦楽団のソリストとしてラフマニノフの第2協奏曲を演奏している(その時の模様はDVDになっている)が、あの時の会場の凄まじい沸き方を思い出させられた。
 さて、結局筆者は残りの4公演を聴いたが、どれも作品への没入振りが圧巻だった。中でもクヴァストホフとの共演では、発する音のすべてを凝視するかのような集中力で弾き切る姿がどこか鬼気迫るものを感じさせる。リートの場合、歌が終わっての後奏部分だと聴衆はひとごこち付き易いものだが、クヴァストホフ自身が客席に向かって「彼女のピアノ演奏が素晴らしいので、気を抜かないで聴いてみて」と喚起する程。
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 サロネンとのシューマンのコンチェルトでは、寄せては返す波のようにアゴーギクを駆使し、前に向かうところは一気に駆け抜ける。確かに病み上がりらしくベストな状態ではなかったが、この曲の持つ繊細さとダイナミズムを自らの音楽としていることが伝わってくる熱い演奏で、聴衆はスタンディング・オヴェイションで讃えていた。
 彼女の人気の理由は、このような音楽への集中力の強さや情熱的な歌い回し、しっかりしたタッチなどから来るものだろう(言うまでもなくその美貌も挙げられるだろうけれども)。また、筆者がかつてインタヴューで会った時の印象では、とにかく頭の回転の速いことにも驚かされたことを付記しておきたい。
 今回の来日リサイタルに用意されたプログラムは、彼女のレパートリーとしてはなかなか珍しいモーツァルトから、11歳で早くも弾き始めたというベルクも組まれている。そのコンセプトは、オーストリア=ハンガリー帝国の栄光から終焉までの歴史を音楽で描こうという試みだろう。内容の知的さ、斬新さはおおいに興味を惹くものだ。と同時に、グリモーの日本でのリサイタルは、筆者の記憶では2005年以来のこと。ファンならずとも、今のグリモーを知るために要チェックの公演である。

松本 學(音楽評論)



≪2011年ピアノ・リサイタル≫
2011年1月17日(月) 19時開演 サントリーホール

曲目:
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
バルトーク:ルーマニア民族舞曲

公演の詳細はこちらから


posted by Japan Arts at 11:42| エレーヌ・グリモー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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