2010年08月02日

【舘野泉 演奏生活50周年記念公演】記者会見レポート

一昨日フィンランドから帰国したピアニスト舘野泉氏の【演奏生活50周年記念公演】記者会見が、8月2日に行われました。
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舘野氏の他に、東京・大阪公演で共演するトランペット奏者の北村源三氏、クラリネット奏者の浜中浩一氏、今回のツアーで世界初演される作品の作曲家 末吉保雄氏、吉松隆氏、舘野と三手連弾作品のレコーディングが予定されている平原あゆみさんが登壇し、今年10月から始まる【舘野泉 演奏生活50周年記念公演】の詳細、このアニバーサリー・イヤーにリリースされるCDの概要が発表されました。
2002年に脳溢血で倒れ、2004年に左手による演奏会で復帰、積極的な左手のピアノ作品・室内楽作品の委嘱など積極的な活動を行う舘野泉。実は東京芸術大学の同級生だったという舘野氏、北村氏、浜中氏、末吉氏4名が学生時代の思い出などを話し、あたたかい雰囲気の記者会見になりました。
最初に、舘野氏が南フランスの作曲家デオダ・ド・セヴラックの遺族から献呈されたという感謝の記念メダルと歌曲のオリジナル譜を披露。長年セヴラックの作品を愛し、10年前「デビュー40周年記念」としてCDをリリースした舘野氏の嬉しそうな顔が印象的でした。
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今年のデビュー50周年記念コンサートで演奏する作品は、2004年日本で初めて作られた左手のピアノ曲、間宮芳正「風のしるし・オッフェルトリウム」、舘野氏がお母様の影響で、小さいときから印象深く感じていたアイヌの詩、民話などがインスピレーションを与えている末吉保雄「アイヌの断章」、各地で演奏すると大きな反響を呼ぶCoba「記憶樹」、同級生トリオ(舘野、北村、浜中)と息子のヤンネ舘野(ヴァイオリン)、弟の舘野英司(チェロ)が演奏する吉松隆「優しき玩具たち」の予定。
中でも末吉作品、吉松作品は世界初演ということもあり、作品が出来上がるのが9月の予定。「まだ出来ていないので何も言えないけれど、ただ楽しみ」とにこやかに話していました。
引き続き行われた質疑応答の様子を一部ご報告します。

Q:今から50年前、デビュー当時の思い出、エピソードを披露していただけますか?
舘野:デビューのために燕尾服というものを父親と一緒に仕立て屋さんに行って作ってもらったのですが、当時はまだ燕尾服、というものがどういうものか、その仕立て屋さんも判っていなかったみたいで「こんな感じの服ですね・・・」「ええ、こんな感じです・・・」というやりとりで仕立ててもらったところ、何となく着心地の悪い肩がピンとあがった燕尾服になってしまって・・・。それで燕尾服が嫌いになってしまったんですね。その後は着ていても演奏していても自由で気持ちが良くて、見ても美しいという服をコンサートで着るようになりました。今でこそ、いろいろな服を着てコンサートを行う方がいますが、当時はとても珍しかったと思います。
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Q:同級生の皆さん、北村源三さん、浜中浩一さん、末吉保雄さん、どんな学生時代だったお話いただけますか?
北村:学生時代の管楽器科というのは体育会系のような部分があって、我々なんかは舘野くんや末吉くんからは敬遠されていたんじゃないかなぁ。それが社会に出てコンサート活動を続けているうちに、みんながんばっているんだ、ということが判ってきました。数年前に70歳以上の演奏家が出演する「グレートマスターズ」のコンサートで再び舘野くん、浜中くんと会って、それが今回の共演につながっているんだと思います。
浜中:学生時代、そして演奏家として活動するようになってからは、ただただ「夢中」になって音楽をしてきました。それが歳をとってきてから、再び同級生が近くなってきた・・・というふうに感じています。東京藝術大学では学内演奏会で演奏する(しないと単位がもらえない)という機会があり、、大学2年生のときに奏楽堂でブラームスのクラリネット・ソナタを舘野くんに一緒に演奏してもらいました。
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末吉:僕は作曲科とはいえ、オーケストラの中でピアノを演奏したり、伴奏をすることが作曲を学ぶ大事な勉強だと思っていたので、ピアノ科の友達、舘野くんなどと一緒にお昼ご飯を食べたり、一緒に行動することが多かったですね。
卒業後はしばらく別々のことをしていたのですが、セヴラック協会の活動を通じて再び一緒に音楽することになりました。舘野くんのコンサートは大きな都市でのものから、小さな村でのものまでいくつか一緒に行って聴かせてもらいましたが「お客さんに話しているように感じられる演奏で、それぞれに感激してまた家に帰っていく」という姿がとても心に残る素晴らしい演奏家だと思っています。
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Q:それではリサイタルで同じく世界初演の作品を作曲してくださる吉松さんからもひとことお願いします。
吉松:舘野さんに演奏していただける作品を書くことはとても光栄で、いつもいろいろな冒険、無理じゃないかな・・・と思うようなことも書いてきたのですが、いつもそれを素晴らしく演奏してきてくださっていました。その逆襲(!)なのかもしれませんが、ピアノ、クラリネット、トランペット、ヴァイオリン、チェロのための作品を書いて・・・だなんて、今は四苦八苦しています。この「優しき玩具(がんぐ)たち」というのは、もちろん「悲しき玩具たち」から来ているのですが、笑わせるようなところも入れてみたいな・・・なんて思っています。
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Q:とても顔色も良く、ごお元気そうにお見受けしますが、何か健康の秘訣がありましたら教えてください。
舘野:特になにもないんですよね・・・。お酒を控えてと言われているけれども、一度やめた好きなことをやめてしまうようなヤワじゃないし・・・。焼酎が好きで前ほどではないけれども3杯くらい飲んでいます。お医者様も嫌いで行かないけれども、数年前から良い整骨院の先生に出会って通っています。ゆっくり身体の調子を整えながら、自然に、自分で治していく・・・という方法が気に入っています。またピアノを演奏するというのは手だけで演奏するわけではないんですね。身体全体で、呼吸や心とともに演奏しているので、それも良いんだと思います。今では右手も上がり、後ろに手が回るようになりました!
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Q:脳溢血で倒れられて「演奏家としては終わりだ」と思われたと、チラシに書かれていますが、ふたたび舞台に戻られた今、舘野さんにとっての音楽とはどのような存在でしょうか?
舘野:小さいときから音楽は当たり前のようにありました。空気のように音楽があったんですね。生きること=呼吸をすることであり、呼吸することは音楽すること、そしてそれが幸せだと感じています。
途中、舘野氏の唯一の弟子であり、演奏会に同行することにより、演奏、音楽との接し方、生きかたなどを学んでいる平原あゆみさんからも挨拶があり、最後に記念撮影を行いました。
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【演奏生活50周年記念公演】の詳細はこちらをご覧ください。



posted by Japan Arts at 19:34| 邦人アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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