
ウクライナ生まれのピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュクが7月8日、ニューヨーク・フィルハーモニックにデビューした。この日のコンサートは、『サマータイム・クラシック』と呼ばれる、毎年6月末から7月初めに行われるコンサート・シリーズの一環で、今年で7年目を迎える。指揮者ブラムゥエル・トーヴィーが舞台上から直接観客に話しかける、夏らしいカジュアルな雰囲気が人気のシリーズなのだが、この日の会場、リンカーン・センターのエイヴリー・フィッシャー・ホールも、ほぼ満席であった。
“ドナウからラインへ”とサブタイトルが付いたこの日のコンサート、ガヴリリュクが選んだのは、ヴァイマルで初演された、リストのピアノ協奏曲第一番だった。バンクーバー交響楽団の音楽監督、トーヴィーとは、これまでも何度か共演を重ねているとのことで、今回の選曲も、トーヴィーとの話し合いで決定したそうだ。リハーサルは、コンサート当日に行われた短いものだけであったという。しかし、ニューヨーク・フィルハーモニックが共演者と共通の言語を探し、音楽を把握するスピードにはとても感動したとのことで、今回のように優れたオーケストラと共演すると、とてもインスパイアされると語っていた。
果たして本番、ピアノのきらびやかなテクニックが散りばめられたリストの第一番に対峙したガヴリリュクであるが、第一音からして思うことは、まずその音の美しさであった。もちろん超絶技巧で知られるとの評判に違わない演奏ではあるのだが、どんなフォルテになっても温かみを失わないその音色は、まさしく今上り坂の演奏家ならではの音であったと思う。ニューヨーク・フィルハーモニック・デビューという大きな機会を前に、ナーバスになるという要素もあるにはあるが、出来るだけ音楽に集中して、誠実な演奏をしたいと語っていたガヴリリュク。そんな彼の誠実さは、観客にもダイレクトに届いたようだ。演奏終了と共に、会場は大きな喝采に包まれ、まずは上々のデビューであった。

文:小林伸太郎(音楽ジャーナリスト / ニューヨーク在住)
Photo by Mika Bovan