2009年10月01日

技巧派から正統的巨匠へ――ルツェルン音楽祭におけるブロンフマン

城所 孝吉(音楽評論・ベルリン在住)

 今秋来日が予定されているイェフィム・ブロンフマンが、ルツェルン音楽祭でリサイタルを行った。彼は今年、同フェスティヴァルの「アーティスト・エトワール」に任命され、サロネン指揮フィルハーモニア管、メータ指揮ウィーン・フィルとの共演を含む計5回のコンサートに出演。リサイタル(9月13日)はそのフィナーレに当たるが、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第13番」、シューマン「幻想曲」、プロコフィエフ「ピアノ・ソナタ第2番」、チャイコフスキー《ドゥムカ》、バラキレフ《イスラメイ》というプログラムは、玄人好みの相当に凝ったものであった。後半がロシアものというのも、彼に典型的である。
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 今回久しぶりに彼の演奏を聴いて思ったのは、ブロンフマンが実は「誤解されている」のではないかということであった。何しろ超絶技巧の持ち主なので、どんな難曲でもバリバリと弾くイメージがあり、この日にしてもピアノ史上最大の難曲とされる《イスラメイ》を、易々と弾きのけてしまう。それに加えて、失礼ながらスマートとは言えない、あの堂々たる体格。構成の上でも、派手な曲をラストに持ってくるため、聴き手は技巧とパワーに圧倒されて、家路につくことになる。ブロンフマンというと、多くの音楽ファンが「怪力ピアニスト」と認識しているに違いない。
 しかしこの日、筆者が最も感心・感動させられたのは、意外にもシューマンの「幻想曲」であった。ロシア仕込みの底光りするようなタッチは、ホール全体に豊かに反響し、ロマンティックな情感を飛翔させる。そして演奏はきめ細やかで、丹念に磨き上げられた印象を与えるのである。これは力業の正反対と言わなければならない。シューマンという繊細でファンタジーに富んだ作曲家にふさわしいスタイルであり、何よりも説得力に溢れていた。第2楽章では、シューマン独特の高揚感を鮮やかに弾奏するので、曲間で拍手が起こるというハプニングもあったが、終楽章では安堵と憧憬に満ちた、心に染み入る調子が会場を包み込んだ。休憩中エレベーターに乗り合わせた老夫妻が、「ダス・ヴァー・ゼア・シェーン!(素晴らしかった!)」と語り合っていたのが、演奏の質を象徴していた。
 ここで聴かれるシューマン、そして(同様に丁寧に弾き込まれた)ベートーヴェンは、例えばアンドラーシュ・シフが聴かせるような「土着のドイツ的演奏」ではない。むしろロシアからイスラエルに、イスラエルからアメリカに移民したユダヤ人の「国際的な」スタイルが聴き取れる。ヨーロッパに住むロシア人の演奏とも異なり、スラヴにニューヨーク的洗練が混ざり込んでいるが、それゆえに日本人にはいまひとつイメージが湧きにくかった、と考えられるかもしれない。しかしこれほど上質で、完成されたピアノを聞かせてくれるピアニストは、今日では本当に稀なのである。オールド・ロシアン・スクールが、アメリカ的スタイリッシュさを獲得した世界――。その際間違いなく言えるのは、今のブロンフマンが、テクニックを越えたところで真価が表れるピアニストになってきている、ということである。我々は、技巧派としての彼への認識を、そろそろ改めるべきなのではないだろうか。


≪11/28(土)14:00〜サントリーホール来日ピアノリサイタル情報≫

曲目:
ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 ハ短調 Op.26
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第2番 ニ短調 Op.14
チャイコフスキー:グランド・ソナタ ト長調 Op.37
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チケット:ジャパン・アーツぴあコールセンター (03)5237-7711


posted by Japan Arts at 15:04| イェフィム・ブロンフマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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