
アンスネスの演奏は、誠実である。作曲家に対しても、もちろんその楽譜に対しても。記されたことがらの意味をよく咀嚼して、素直に表現している。それがいい。そして多様な色彩を放つピアニズム。大きな体から繊細な音が溢れ出てくる。
まず前半は、ベートーヴェンの「幻想ソナタ集」作品27の二曲のワンセット。ソナタ形式からの逸脱を試みたベートーヴェンの“もがき”をつぶさに聴くことができたのは興味深かった。
とりわけ、“霧”の中から姿形がだんだん現われるように始まり、次第に現実味を帯びるという変ホ長調ソナタ作品27-1の冒頭のファンタジックなアプローチは、秀逸。
そして、後半のドビュッシー「前奏曲集」から選んだ11曲の最初の曲としてアンスネスが選んだ曲が「霧」。なんと、すばらしいディプティカ(二枚折り絵)になるではないか。このプログラミングには快哉を叫んだ。
「前奏曲集」の曲順も、計算し尽くされている。静と動の対比だけではない。前半のクライマックスとして「西風の見たもの」を6曲目に置き、それから3曲間は少しエネルギーを分散しておいて、曲の持つ音響空間が一気に広がる2曲「オンディーヌ」と「月の光がそそぐ謁見のテラス」を最後に配置した。思惑通りに、「月の光が〜」ではホールいっぱいに音が降り注いだのである。その美しさといったら、みなが一瞬息をのむ程であった。
アンコールに応えて演奏したのはスカルラッティの「ソナタ」とシューベルトの「ソナタ」第19番 ハ短調 終楽章のタランテラ。シューベルトの躍動感のある見事な演奏では、アンスネスのパッションを垣間みた。
ますます楽しみなピアニストである。
作曲家・音楽評論家 野平多美
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