2008年09月24日

偉大な作曲家ルトスワフスキ

11月にクリスチャン・ツィメルマンが演奏する、彼に捧げられたルトスワフスキ作曲のピアノ協奏曲。
20世紀ポーランドが生んだ世界的な偉大な作曲家として活躍したルトスワフスキ氏について、長年に渡り交流のあったピアニストであり、日本ルトスワフスキ協会副会長の阿部緋沙子さんが、かつて執筆された文章をお寄せくださいました。

この一文は1969年9月18日に初めてポーランドへ行き、ルトスワフスキご夫妻に初めてお招ばれした時のことです。

 ちょうど六時半!ベルが鳴った。私は深呼吸を一つして、ドアを開けた。そこには満面に笑みをたたえたルトスワフスキ氏が、私を迎えにきて下さっていた。初対面の固苦しさは、サラサラない。早速彼の白灰色のスマートな車でお宅に向かう。アパートの立ち並ぶ中を通り抜け、小さな林、緑の芝生、真赤な花とまるで別荘地のような雰囲気の通りへと入る。新しく瀟洒なお宅の前に車はとまる。気品高く優雅なグヌタ夫人が出迎えてくださった。
luts_02.jpg 先生が私のコートを、ハンガーにかけてくださり、私の荷物を持って一番後からお出になる、習慣とはいえ恐縮してしまった。「これはブルガリア製なんですよ」と赤いブドウ酒をグラスに注いで下さり乾杯の後、私の大好きなポーランドの“赤いバルシチ”(スープ)からお食事が始まった。御夫妻の心からの優しいおもてなしに、私はいつの間にかすっかり暖かい雰囲気に溶けこんでしまっていた。私がはじめてのリサイタルで、彼の「民族のメロディ」を弾いた時のことを興味深くおたずねになる。そしてもう十年経ってしまったことに驚かれた。「日本には優秀な作曲家が多勢いますね」と名前を次ぎ次ぎと、あげて、以前に松平頼則氏にお会いになった時のことを、とてもなつかしそうに語られた。「ポーランドで上映された日本映画は全部見ていますよ。最近は“砂の女”を見ました。すべて大変興味があります」と先生。「私は日本でポーランド映画しか見ないので、お相手ができません」と私。「ルイジ・ノーノがポーランドへ来ると旅行ばかりしているので、大変くわしいけれど、私は国内旅行はほとんどしないので、何も知らない。それと同じだ」とおかしそうに、大きく笑われた。
 話が楽しくて、夢中になっている間に、私は洋梨をシロップで煮てクリームとくるみのうすぎりをふりかけたデザートを、いつの間にか三回もおかわりしていた。「私たちはいつもいつも一緒です。外国でもどこでも」と先生。かたわらでニコニコと笑っていらっしゃる奥様。「すみませんが、楽譜を持ってきていただけませんか」と私にくださるために、奥様にていねいにお頼みになる先生。
 私はポーランドでは教養の高い夫妻ほど、お互いにていねいな言葉使いをすると聞いたことを思い出した。その楽譜にサインをなさる時「今日は何日?えーと何年だった?」と奥様におたずねになる先生。一人者の私には、いつも羨ましくなるような、優しく暖いお二人なのだ。建築学に造詣の深い奥様が、すべてデザインなさったという新しいお宅は、非常に洗練された美しさと、高い気品を感じさせる。
 じっと見つめていると私は「ワルシャワの秋」でポーランド初演され、聴衆を熱狂させた彼の「LIVRE POUR ORCHESTRE オーケストラのための本」が思い出されてきた。鋭く磨き抜かれた美しさに、優雅な気品をたたえ、そして聴く者の心を興奮させる素晴らしい迫力を持つこの音楽は、彼の人間性そのものと私は感じた。
 書斎に案内してくださり、まずテープの戸棚を見せてくださる。一番上に私が八年前のリサイタルで、先生の「ブコリキ」を弾いた時に、お送りしたテープがのっていた。私は「恥ずかしい」というつもりが、恐縮のあまり夢中で「驚いた、驚いた。」と連発してしまったので、「何をそんなに驚いているのですか?」と面白そうに笑い出された。そして彼自身が弾いた「ブコリキ」のレコードを私のテープに録音してくださる。私はそれを聴きながら、ふとうつむいてそれを聴く彼の目を見て、アッと心の中で叫んだ。これが真の芸術家の目と感じた。いつもの優しく暖かな柔和な彼の目はどこかへ消えさり、鋭く光る、人をよせつけぬきびしい目、ピシピシとつたわってくる緊張感、私は全身のすくむ思いがした。
 「子供がこれを?私にとって最高にむずかしい音楽なのに!」と私は思わず叫んでしまった。
 クラクフの国立音楽出版社を訪問して、子供のための教材の中に、ルトスワフスキの「民族のメロディ」を見つけた時のこと。これを教えていただいた時は散散だった。簡単この上もなく見える楽譜が、私の手ではどうしても音楽になってくれず、指はすくみ心身ともにコチコチになってくる。それが彼自身の手にかかると、いきいきと命が与えられて、自由自在に歌いだし踊りだす。私の心は“本当に来てよかった”と感激しているが、指はますますすくんでしまい、ついには「もう弾けません」とお詫びする始末。先生は「この曲はテクニックはむずかしくないけど、音楽はやさしくはない」とお笑いになる。「やさしくないどころか、私にとっては最高にむずかしい音楽です。だから先日のTVで演奏した時も、<民族のメロディ>をとの注文を、むずかしくてまだ弾けませんとお断りしたのです」と私。先生は「わかります、わかります。」と大笑いされた。
1970年3月「音楽芸術」より
阿部緋沙子(ピアニスト、日本ルトスワフスキ協会副会長)


ルトスワフスキ氏から阿部緋沙子さんへ送られたお手紙の一節です。
1971年6月14日 Szanowna i droga Pani  (尊敬と愛をこめて)
音楽は、人間の魂の最も繊細な楽器だと思います。この楽器の秘密の力があればこそ、この上なく遠くへだたった大陸に住む人々の間でさえお互いの魂のふれあいが得られるのです。今日の困難であつれきに満ちた世界ではとくに必要な貴重な魂のふれあいなのです。
  (後略)
Luts_sign.jpg



posted by Japan Arts at 18:32| クリスチャン・ツィメルマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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