表紙&インタビュー“プレトニョフ&ロシア・ナショナル管”について

プレトニョフ指揮 ロシア・ナショナル管弦楽団 2012年日本公演
2012年6月15日(金) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
ヴァイオリン:樫本大進
2012年6月23日(土) 14時開演 横浜みなとみらいホール
ピアノ:河村尚子

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現在来日中のダニール・トリフォノフが「音楽の友」の取材を受けました。
『オントモ・ヴィレッジ』 編集日記
http://www.ontomovillage.jp/blog/index.html/2570
6月には再来日し、27日(水)東京オペラシティで飯森範親指揮 山形交響楽団との共演があります!

6月27日(水)19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
<曲目>
西村朗:創立40周年記念委嘱作品
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73
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2012年6月23日付のSANKEI EXPRESS
河村尚子のインタビューが掲載されました。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120502/ent12050215260013-n1.htm



─生活の中であなたの音楽にインスピレーションを与えるものは何ですか?
音楽ほどにすばらしいものは、他にありません。誰かが演奏しているその瞬間に、流れて消えてしまう。確かにそこに存在するけれど、どこにも形がない。だからこそ他のどんな芸術と比べても、もっとも直接的に心に届くのではないかと思っています。音楽とは、自分自身がそのまま投影されるものです。悪い人間が良い音楽家になれるはずはありません。僕の普段の行い、態度のすべてが、音楽にふさわしいものでありたいと考えて日々生活しているだけです。
─小さいときは、どんなお子さんだったのですか?
静かで、いろいろなことに好奇心を持つ子供でした。今と同じです(笑)。見るものを端から、これ何? どうなっているの? どうして? と尋ねるような。そして音楽はもちろん、芸術全般が好きでした。僕に音楽の道に進む資質があったことを、とても幸運に思っています。
でも音楽ばかりしていたわけではないんですよ。学校の勉強も好きで、成績もけっこう良かった(笑)。歴史にしろ、数学にしろ、勉強しなくてはいけないというよりは、興味があって知りたくなってしまうから勉強していたように思います。
─とても可愛がっている猫がいるそうですが。
はい、ウクライナを離れる3日前に飼い始めた猫で、もう15歳です。僕がピアノ弾いているとやって来て、足元で横になり何時間もじっとしています。時々、ダンスをすることもあるんですよ。バッハやロシア音楽が好みのようです。テレビから好きでない音楽が流れると、プイッとどこかへ行ってしまいますから、やはり好き嫌いがあるのでしょう。僕の練習中はそういうことがないので、良かったです(笑)。一番身近であり、厳しい“聴衆”ですね。
─何か趣味はありますか?
旅行や歴史が好きなので、ある街を訪れるとできる限りあたりを散策します。そうして新しい発見をするのが楽しいので。読書や古い映画の鑑賞も好きです。そして時事や世界のニュースは現在進行形の歴史ですから、とても注意を払って見ています。
昨年日本を襲った震災には、本当に胸が痛みました。あの時はさまざまなニュースが流れてきましたが、時が経つにつれ、報道が減ってしまったように思います。今、被災地のみなさんはどんな状況なのでしょうか……。震災後の日本のみなさんの強く勇敢な姿勢には本当に心を打たれました。互いを思いやり、助け合う精神。そんな日本の方々ならばあのような悲劇も必ず乗り越えることができるだろうと、世界中が信じたと思います。
─来日で楽しみにしていることは?
16歳のとき初めて日本を訪れました。今度が3度目です。日本の文化にはとても魅かれていて、実は少し日本語を勉強しています。いくつかの単語やフレーズは話せるんですよ。
日本食ももちろん大好きです。時間があれば、本格的な日本食のお店に行ってみたいですね、高級でなくていいから(笑)。今回は東京だけですが、これをきっかけにまた日本に来て、もっと他の街も訪れることができたらと期待しています。日本のみなさんは音楽に対してとても感受性が強いので、音楽を通じた共通言語を見つけ、近づき、親しくなれるだろうと確信しています。早くみなさんに僕の演奏を聴いていただきたい。僕も楽しみにしているので、みなさんもどうぞ楽しみにしていてくださいね!
来日記念盤3タイトル 5月16日に発売されます!
デッカ SHM-CD 各¥2,600(税込)
巨匠指揮者ジュリーニに「途方もない才能」と賞賛されたロマノフスキーが、イタリア・デッカでリリースされている3つのアルバムを来日記念盤として一気にリリースします!
シューマン:交響的練習曲、ブラームス:パガニーニの主題による変奏曲
ラフマニノフ:練習曲集《音の絵》、コレッリの主題による変奏曲
ベートーヴェン:ディアべッリの主題による変奏曲
視聴や詳しい情報はアレクサンダー・ロマノフスキー公式ホームページにてご覧ください!
http://www.romanovsky.it/web/music.aspx
『アレクサンダー・ロマノフスキー ピアノ・リサイタル』
2012年5月22日(火)19時開演 紀尾井ホール
<曲目>
ハイドン: ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob XVI-52
ブラームス: パガニーニの主題による変奏曲 Op.35 第1部・第2部
ラフマニノフ: 練習曲「音の絵」Op.39 より
第1曲 ハ短調
第2曲 イ短調
第3曲 嬰へ短調
第5曲 変ホ短調「アパッショナート」
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.36
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取材・文 青澤隆明
―ロシア・ナショナル管弦楽団との6月の共演がいまから楽しみです。グリーグのピアノ協奏曲は河村さんからの提案だそうですが、この作品にどのような愛着をおもちですか。
「去年の1月に読売日本交響楽団と演奏して、改めてこの作品の魅力に惹かれました。旋律の美しさはもちろん、ソロとオーケストラの展開のしかたが素晴らしいのだという気持ちが、私のなかでとても高まってきて。特別な和声と、第2楽章の旋律の豊かさや美しさが、やはりいちばんの魅力だと思います。第3楽章のロンド的な、舞踊的な部分も好きです。この曲はとても絵画的ですよね。ノルウェーというお国柄もあって、私は童話的な曲想を強くイメージします。こびとがたくさん出てきたり、フィヨルドの景色がぶわーっと湧いたり。明確につくられているから、聴きやすく、愛される曲なのだと思います」。
―他の協奏曲にはない独特の魅力がありますね。
「リズムの使いかたが特徴的で、ほんとうに躍動感に溢れている。急に3拍子から2拍子になる部分を、わざとルバート気味にさせるところとか。それから、ちょっとショパンを思わせますが、第2楽章の始まりは、ピアノがほんとうにオペラのアリアをふくらませるようにして、そこにオーケストラが入って流れこんでいく。そんなところも魅力的ですね」。
―ロシア・ナショナル管弦楽団との共演には、どのような期待をおもちでしょうか。
「このオーケストラとは、7年ほど前に一度共演したことがあります。スピヴァコフの指揮で、ショパンの協奏曲第1番を弾きましたが、モスクワ音楽院の大ホールで演奏させていただけるというので、それこそ大喜びで、どぎまぎしていました。ロシアのオーケストラ特有の深い音を出して、いったん波に乗ってしまえば勢いが良すぎて誰も止めることができない。モダンなロシア、西洋の香りの入ったロシアの音楽家が多く活動していますので、彼らが新しい風を送りつつ、みんなで音楽をつくるオーケストラなのではないでしょうか。7年前に共演したから同じオーケストラだとは思わず、新たな気持ちで取り組みます」。
―協奏曲の演奏経験を多く積まれて、ご自身の演奏も7年前とはだいぶ違うでしょう?
「まったく変わってきていると思います。いろいろなオーケストラとの共演の機会をいただき、曲の聴かせどころがわかってきた。オーケストラを聴かせる場所、いっしょに波に乗る場所・・・・いろいろな役目があって、全体で劇をしているような。人生のなかでもそうですけれど、サポート側になったり、主役になったり、いっしょに騒ぐパーティーがあったり、という感じなのではないかと思います」。
―ピアノの音色への想像力も、オーケストラとの音楽づくりでは、趣が違ってきますか。
「たとえば、グリーグの第3楽章のコーダでは、タンバリンなどの打楽器もイメージできますね。ただ、木管楽器が旋律を歌うときはほんとうに美しいので、それに負けないくらいにピアノの声を美しく歌いたい。人間の声を目指すのがいちばん自然だと思います。歌を共通点にすれば、違う音色が出てくるけれど、やはり語り合っているわけですから」。
―ロシア音楽やこの国への個人的な思いをお聞きしましょう。
「一言にすれば無限ですね。ほんとうに大きい心をもった人がたくさんいる。何にもしばられず、広くて寒い国なので、みんなひとつになるということが得意なのだと思います。だから、とても情熱的。自国への誇りを強くもった人たちでもあるので、正々堂々と自分たちの音楽を奏でるのだと思います。ドイツへ行き帰りする飛行機のなかから眺めていても、平地がずっと続いている。食べ物も脂っこいものがたくさんで、食事も大盛りですから、みなさん体格が大きい。そこから滲み出てくるのが、ロシア特有の音楽なのだと思います。私は個人的にロシアのオーケストラと共演するのが好きですね。彼らはリハーサルでもお喋りしたりして、なんというか、お行儀が悪いんですよ。それが本番となると、音楽を愛していて、パッションがあって、みんな一所懸命弾く。音楽性があるから、愛があるからこその音楽。正確さよりも自由さがあり、天真爛漫なところも魅力ですね」。
―指揮者のミハイル・プレトニョフは、天才的なピアニストでもあるので、共演には独特の思いをもたれているのではないでしょうか。
「偉大な音楽家で、作曲も指揮もして、ピアノも素晴らしい。才能がありすぎて怖い。ピアノはもう弾かないそうですが、独特の旋律の歌い回しなどほんとうに強烈ですし、いろいろな感覚をマルチにもっていて、ピアノだけには収まりきらない人なのだと思います。こんなにも偉大なピアニストのそばで、ピアノを弾くというのは、ほんとうに怖ろしいことです。私が弾いていいのか、という恐怖があります。でも、引き受けてしまった(笑い)。ほんとうにいい経験になると思います。とても楽しみですね、恐怖もあり、楽しみもあり・・・・」。
―ロシア楽派のピアニストという流れでいうと、河村さんの先生のウラディーミル・クライネフを遡ると、ネイガウス父子に行きつきます。プレトニョフはヤコフ・フリエール門下でしたね。河村さんはロシア・ピアニズムについてどのようにみられていますか。
「ロシアン・スクールでは、100年前にモスクワ音楽院に集まっていたピアニストが触発し合って、異なるルーツの良いものすべてを凝縮していった。それをロシアの味つけにして、学校制度も含めて、技術的な面を徹底した。皆さん粒揃いのテクニックをもっていたのは素晴らしいことだと思います。技術あってこその音色、旋律のつくりかた、フレージングが活きている」。
―クライネフの教えで、河村さんのなかに大きく生きているのはどんなことですか。
「まず、作曲家が楽譜に書いたことを忠実に守る。そして、情熱と愛を注ぐということですね。『死んだ音楽だけはやめてくれ』と。ロシア音楽を演奏するときは、『あの大きなロシアの大陸をみろ、ドイツなんてこんなに小さいんだ』とよくおっしゃっていました。それだけスケールが大きく、寛容なスピリットがあるということですね。ロシアの言葉を話して、ロシアを訪問するたびに、『ああ、こういうことを言っていたのか・・・・』と思えてきました」。

2012年7月6日の来日公演リサイタルへ向けて電話インタビューを行いました。
Q:ショパン・コンクール本選の時から、ゲニューシャスさんの音楽は、オーラをまとっている、場の雰囲気が一変する・・・などと評されていますが、ショパンの作品はどのようなことを感じて演奏しているのですか?
A:演奏をしている私の立場からすると、音楽的な行為のプロセスを具体的に言葉で説明するというのはとても難しいことです。ある曲を弾く時に、自分から意識的に何か具体的な物をイメージしているか、あるいは何かの思いをこめているか、ということははっきりとは言えません。不意に、具体的なイメージがまざまざと浮かぶことがありますが・・・。
私は5歳から音楽を始めたのですが、私のように物心がついてからずっと音楽をやってきた人間は音楽そのものの言語で音楽を理解するようになるものです。決して、音楽が喚起するイメージの言語で理解しているのではありません。それは言わば二次的な言語なのです。一次的な言語というのは音楽が奏でられる時の音の響きそのものなのです。私たちは自分の感情や思いをこの音楽の言語で語ります。そこには文学的な連想や装飾が入り込む余地はありません。音楽の言語はとても表現豊かなので、ほかの言語で補ったりする必要がないのです。
Q:今回は、ソナタの3番を演奏してくださることも楽しみです。この大作に初めて取り組まれたのはいつごろですか?その時から、今とでは作品に対する考えはどのように変わりましたか?
A:ショパンのソナタ第3番を演奏するようになったのは1年ほど前からで、それから何回もコンサートで演奏しています。多分、15回以上は弾いたでしょう。もちろん、このソナタはショパンのドラマチックな名曲のひとつで私にとってはピアニストとしてめざすべき到達点のひとつだと思いますし、とても難しい曲なので、かなりの時間をかけて練習しました。ショパンのソナタは第3番だけでなく、第1番も、第2番もレパートリーに入れており、ソナタ3曲で構成するプログラムで何度かリサイタルを行なっています。もちろん、メインとなるのは第3番ですね。
このソナタは、もちろん、以前からよく聴いていましたし、もともと大好きな曲だったのですが、いざ練習を始めると、当初は演奏にのめりこんでしまって、自分の感情のおもむくままに弾いてしまい、細かいニュアンスをきちんとコントロールできず、ディテールが抜け落ちてしまっていることに気がつきました。その後、練習も含めて何十回も弾いてきて、より客観的に自分の演奏を聴けるようになると、こうしたディテールの脱落が目につくようになってきました。今は抜け落ちていたディテールを拾い集めて、細かい仕上げをしているところです。
Q:そして、今回のリサイタルの後半はラフマニノフを選ばれましたね。ラフマニノフの前奏曲と、ショパンの前奏曲には、何か関連を感じますか?
A:ラフマニノフとショパンの前奏曲に特に何か大きな関連性があるようには思えません。19世紀にショパンが作曲した「24の前奏曲」について、20世紀に24曲の前奏曲を作曲したラフマニノフが何も知らないはずがないし、何らかの影響を受けているとは思いますが、ただ、それは後世の作曲家が前の時代の作曲家から影響を受けているという一般的な意味合いでの影響の域を超えるものではないと思います。
ショパンとラフマニノフという組み合わせは、どちらもヨーロッパのロマンの香りが漂う曲ですけど、ショパンはポーランド出身で、大きく分ければスラブ系の文化圏に入るし、ラフマニノフも同じくスラブ系なので、そういう意味では二人には共通する点が数多くあります。
ラフマニノフの前奏曲24曲のうち、12曲を演奏しますが、これも適当に選んだわけではなく、ショパンのソナタ第3番とのバランスを考えて選曲しました。特にOp.32の前奏曲はラフマニノフが作曲家として成熟してきた時期の作品で、ショパンのソナタと互角に渡り合えると思います。
Q:音楽家一家に生まれられましたが、そのことをどのように感じていますか?生まれながらにピアニストになるように周囲から思われていた・・・など、素人は思ってしまいますが、プレッシャーだったこと、逆に良かったと思うこと、それぞれを教えてください。
A:私が音楽一家に生まれたという事実は、私の運命を100%決定づけたと言えるでしょうね。私が生まれつき持っていた音楽的な才能は家族のサポートがなければ、現在の能力の10%も開花しなかったでしょう。祖母(ヴェラ・ゴルノスタエヴァ)は偉大な音楽家であり、名教師で、私の教育に全力を注いでくれました。同時に祖母だけでなく、両親ともに音楽家で、私の音楽家としての成長に全身全霊を傾けてくれました。それと、最近亡くなった私の父方の祖父もヴィリニュスのリトアニア国立歌劇場の首席指揮者を40年間務めた人で、この祖父からもとても大きな影響を受けました。そういう意味でも家族は私の人生において大きな位置を占めています。
Q:ゴルノスタエヴァ先生は、日本ともとても縁がある方ですが、ゲニューシャスさんにとってはどのような存在なのでしょうか?小さいころ、一番印象に残っている教えは何ですか? 家庭での音楽教育はどのようになされていたのでしょうか?
A:祖母から日本のNHKの音楽教育番組に出演していた頃の話をよく聞かされました。祖母にとってはとても懐かしい思い出らしいですよ。
ところで、音楽教育のことですが、5歳でピアノを始めた当初は祖母の友人のアレクサンドル・ベロメストノフという方にピアノを教わりました。その後、数年経ってから祖母に教わるようになったのですが、最初から特別な雰囲気でレッスンを受けてきた記憶があります。私は当たり前ですけど、祖母にとっては孫なので、一般の生徒や学生と比べると、いろいろな意味で特別扱いを受けていたと思います。他の生徒とは接し方が全く違うのです。もちろん、どの生徒に対しても分け隔てなく、誠心誠意、熱心に音楽を教えてはいましたけど、やはり、自分の孫に対する祖母の情というのは違うのでしょうね。ともかく、祖母は私のことを心から愛してくれたし、自分を犠牲にして私のために尽くしてくれました。両親、特に父は祖母のアシスタントを長年にわたって務めたこともあり、音楽家として祖母のことを尊敬していましたし、祖母が私に厳しく音楽を教えることについても全面的に信頼して任せていたようです。ともかく、祖母は私のために人生のほとんどを捧げてくれたと言っても過言ではないほどで、私の音楽家としての成長は家族、特に祖母のサポートがなければ、あり得ませんでした。
祖母から12年以上にわたってピアノのレッスンを受けてきたわけですが、その間、レッスンだけではなく、音楽について様々なことを語り合ったりしました。祖母はピアニスト、教師としての輝かしい実績もあり、人生経験も豊富で、リヒテル、ギレリスといったロシアの音楽界の錚々たる人たちと親交があり、祖母からは音楽だけではなく、様々なことを学びました。
ただ、私が大きくなってモスクワ音楽院に入学する前後から、時折、祖母と衝突するようになりました。私に対する祖母の過度の愛情のせいだと思いますが、私のほんのちょっとした行動に大袈裟に反応したり、干渉したりするのが私にはひどく煩わしく思えて、祖母に反抗したり、また、しばらくして仲直りする、ということを繰り返しました。それでも、祖母とのレッスンが中断することはありませんでした。雰囲気は険悪でしたけど。
最近は祖母も私のことを独立した大人として認めてくれるようになり、以前のように付き合えるようになりました。何と言っても家族ですし、祖母と孫の関係は変えようがありませんから。
Q:小さい時からピアノのレッスンは好きでしたか?イヤだと思ったことはありませんか?
A:音楽をやめようと思ったことはありませんけど、ピアノを習い始めた当初は、今ほど音楽が好きではありませんでした。でも、音楽家の家庭に生まれ、音楽家になることが自分の天命だと思っていましたし、祖母も両親も音楽家ですから、私に音楽の才能があり、きちんと教育すれば、開花すると確信していたのでしょう。ですから、私にピアノを教えようと決めたのでしょう。
Q:ピアノを弾かない時、普段はどのようなことをして過ごしていらっしゃるのでしょうか?
A:現在、モスクワ音楽院の4年生で、15歳の頃から演奏活動を行なってきましたが、最近はコンサートの回数も増えて、練習もしなくてはいけないので、以前ほど自由な時間は少なくなりました。それでも、友達がたくさんいるので、カフェでおしゃべりをしたり、プールやサウナに行ったり、絵を描いたり、写真を撮ったり、ギターを弾いたり、ヒップホップに夢中になったり、ガールフレンドとも付き合っているし、ごく普通の学生と同じように過ごしています。
以前父が私の運命を暗示するようなことを言ったことがあります−「音楽が趣味だと思えるようになったら、お前も一人前の音楽家だよ」と言うのです。仕事上の義務として、いやいや練習したり、演奏するのではなく、本当に好きで音楽を聴いたり、楽しんで演奏したりするようになったら一人前の音楽家だというのです。まさしくその通りですね。今、自分はいろいろな演奏家の様々な曲、特に20世紀の音楽をCDで聴いたりするのが好きで、ピアノを弾くのが楽しくてしょうがないのです。まさに「趣味は音楽」という日々を謳歌しています。
練習時間は日によって違いますけど、最低でも3〜5時間は練習しています。
Q:最後に、来日を待ち望んでいる日本の聴衆にメッセージをお願いします。
A:ショパン・コンクール入賞者ガラ・コンサートが行なわれた2011年1月に初めて日本を訪れた時、私にはとても懐かしい国にしばらくぶりに戻ってきたような不思議な感覚がありました。それというのも、祖母のヴェラ・ゴルノスタエヴァが私の小さい頃から折に触れて、日本について、日本の人々について、日本の生活、文化、風物、日本料理についてたくさん話を聞かせてくれ、私の頭の中に日本のイメージがしっかりと植えつけられていたからでしょう。すぐに日本が大好きになりました。
前回の日本ツァーではコンサートのアレンジも行き届いていて、大勢のお客様に私たちのコンサートを熱心に聴いていただき、温かい歓迎を受けました。今回のコンサートでも日本の音楽ファンの皆様に喜んでいただけるような演奏をしたいと思います。ぜひ、コンサートにお出かけください。
ありがとうございました。日本でお会いするのを楽しみにしています。
2012年4月21日 電話インタビュー
2012年6月26日(火) 19:00 サントリーホールで行われる川久保賜紀&上原彩子 デュオ・コンサートの曲目解説です。
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20世紀ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)は、オペラや映画音楽を含むあらゆるジャンルに作品を残した多作家で、現代的感覚と叙情性が絶妙のバランスを見せる数々の人気曲は世界中で演奏されている。室内楽曲も少なくないが、今回演奏される3曲はいずれも、当初からその楽器のために書かれたオリジナル作品ではなく、作曲者自身が自作を編曲した作品である。楽器を変えてもその音楽が決して色あせることがないのは、すぐれたメロディ感覚と、誰をも夢中にさせるリズム感を持ち味とするプロコフィエフだからこその魅力といえるだろう。また自らすぐれたピアニストでもあったプロコフィエフの作品はどれも、きりりと引き締まったヴィヴィッドな演奏効果を存分に発揮するように書かれており、演奏家のテクニックと表現力を引き立たせる。名手の演奏でこそ聴きたい曲目だ。
一方のリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は、リストやワーグナーの後継者として交響詩や楽劇の分野で名を馳せた後期ロマン派最後の大家。その作品のほとんどは巨大なオーケストラを駆使した作品である。彼が残した室内楽曲はわずかしかなく、しかもいずれも初期に書かれたいわば習作なので聴く機会は決して多くないが、今回演奏される<ヴァイオリン・ソナタ>はその中でもっとも高い完成度を誇る貴重な作品。シュトラウス自らがヴァイオリンをかなり弾きこなしたことから、高度な技巧を要求する作品となっており、また後年のゴージャスなオーケストラ作品の片鱗もうかがえる聴き応え十分の一曲となっている。
プロコフィエフ:5つのメロディ Op.35bis
アメリカ亡命時代の1920年に<5つの歌詞のない歌>という歌曲として作曲したものを、5年後にプロコフィエフ自身がヴァイオリンとピアノのために編曲した作品。亡命時代の作品にはやや晦渋な作風のものが多いが、それぞれにアイデアを凝らした各曲には、ひらめきと感性の作曲家の本領が発揮されている。
第1曲アンダンテ、第2曲レント・マ・ノン・トロッポ、第3曲アニマート・マ・ノン・アレグロ、第4曲アレグレット・レッジェーロ・エ・スケルツァンド、第5曲アンダンテ・ノン・トロッポ。
R. シュトラウス(1864-1949)
ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調 Op.18
リヒャルト・シュトラウス23歳の時に完成されたこの作曲家唯一の<ヴァイオリン・ソナタ>は、初期の古典的作風を締めくくる一曲と位置づけられ、その作風はブラームスを思わせる。また一方で、色彩感あふれる和声的など、シュトラウス特有の感性もすでにこの作品には表れており、この作品以後、彼が歌劇や交響詩のジャンルに表現の場を求めていった必然性を見いだすこともできる。曲は、堂々たる規模を誇る3楽章構成。ヴァイオリンの技巧は、たいていの協奏曲よりはるかに難しいといわれている。
第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポは、情熱的な楽想を中心に立体的に組み立てられた、規模の大きな、生気に満ちた楽章。
第2楽章アンダンテ・カンタービレは<即興曲>と題され、官能的ともいえるその音楽は、全曲中きわめて印象的な部分を形づくる。
第3楽章アンダンテ - アレグロは、緩やかな前奏ののち精力的な主部主題が現れ、熱のこもった音楽を展開する。
S.プロコフィエフ(1891-1953)
バレエ「シンデレラ」からの3つの小品 Op.95
プロコフィエフのバレエ音楽は全部で8つあり、いずれも才気あふれるこの作曲家ならではの魅力に富んでいるが、後半の3曲、つまり<ロメオとジュリエット>、<石の花>、そしてこの<シンデレラ>は、プロコフィエフが1933年にソヴィエトに復帰した後の叙情的な作風がとりわけ新鮮な魅力となって、広く愛好されている。キーロフ歌劇場の委嘱により1940年に着手されたバレエ音楽<シンデレラ>は、第二次世界大戦中に<戦争ソナタ>やオペラ<戦争と平和>などの作曲によってたびたび作曲が中断されたこともあり、1945年にやっと全曲が完成した全3幕50曲からなる作品。プロコフィエフはバレエ音楽の完成に先立って、1942年から43年にかけて3つのピアノ編曲版の曲集を発表しているが、今回演奏される<3つの小品>Op.95はその一つである。すぐれたピアニストとして、独自のピアニズムを展開したプロコフィエフならではの硬質なロマンティシズムが、これらの編曲にも息づいている。
第1曲「パヴァーヌ」、第2曲「ガヴォット」、第3曲「ワルツ・レント」。
S. プロコフィエフ(1891-1953)
ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調 Op.94bis
プロコフィエフは2曲のヴァイオリン・ソナタを残しているが、この<第2番>は1942〜43年に作曲されたフルート・ソナタを1944年にヴァイオリン・ソナタに改作した作品。厳粛で内省的な性格をもち至難な技巧が要求される<第1番>とは対照的に、平明で簡潔な表現により、ロマン的な情緒が独特の魅力を生む音楽となっている。原曲のフルート・ソナタは、プロコフィエフが独ソ戦の混乱を避けてウラル地方の各地に疎開していた時に作曲した作品であり、その初演を聴いたダヴィド・オイストラフがヴァイオリン用に改作するよう勧めたのだった。1944年6月に、オイストラフとレフ・オボーリンによって初演されたこの<第2番>は、原曲のフルート・ソナタ以上に好評をもって迎えられ、現在に至っている。プロコフィエフ特有の硬質なリリシズムが、ヴァイオリンの旋律美を魅力的に際立たせる。
第1楽章モデラートは、哀愁漂う第1主題と舞曲風の軽やかな第2主題によるソナタ形式。
第2楽章プレストはスケルツォ楽章で、ドライでどこかシニカルな感じがいかにもプロコフィエフらしい。
第3楽章アンダンテは、ロマンティックな美しさが際立つ楽章。
第4楽章アレグロ・コン・ブリオは、行進曲風の堂々たる風格と躍動感に満ちたフィナーレ。
曲目解説:柿沼唯(作曲家)


インゴルフ・ヴンダー ピアノ・リサイタルのプログラムに一部変更がございます。(2012年4月10日現在)
演奏者の希望により下記の通り、曲目を一部変更させていただきます。
リスト:超絶技巧練習曲集より「マゼッパ」 → リスト:死のチャルダーシュ
他の曲目に変更はございません。
何卒ご了承賜りますようお願い申し上げます。
<最終曲目>
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第13番 変ロ長調 K. 333
リスト:超絶技巧練習曲集より 「夕べの調べ」
リスト:死のチャルダーシュ
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
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