2012年01月23日

メルニコフの演奏について『ピアノ・リサイタル曲目解説』

 この曲の録音は、作曲家と直接に深い関係にあったタチアナ・ニコラーエワのものと、アシュケナージによるものとが定番と評価されていますが、メルニコフによる新しいCDはヨーロッパでは、ニコラーエワとは少し異なるアプローチによる演奏として非常に高い評価を受けています。
  「アシュケナージと肩を並べる腕前。聴くものが我を忘れて作品に没入してしまう。」(「ディアパソン」誌)とか、現実を超越した洗練された演奏で、アシュケナージ盤を超えるような名盤。この作品がピアノ曲の傑作であることを示してくれる、第1級の演奏家。」(「クラシカ誌」)などと、絶賛されています。
  日本でも「レコード芸術」誌では、「これほど詩情に溢れたショスタコーヴィチがあったろうか。」、「作曲家への切実で強烈な共感に満ち、それまでの演奏にはない柔軟さと共に作品の本質に深く切り込んでいる。」、「俊英メルニコフのディスクは・・・よく時宜を得た快挙だと言えよう。」と海外にも増して賞賛の言葉を得て同誌の特選盤に選ばれています。
 いずれにしても、彼の演奏を生で聴いていただければ、この曲の素晴らしさに直接に触れることが出来ると共に、この曲があなたのピアノ音楽の名曲のリストに新たに加わることとなることは間違いないと思います。
 そこで、どのような曲集であるのか、事前に解説をご用意しましたので、ご参考に供していただければ幸いです。



ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)
24の前奏曲とフーガOp.87(全曲)

 ショパン・コンクールで名誉賞を贈られるほどの優れたピアニストでもあったショスタコーヴィチ。だが、彼が作曲したピアノ曲は、意外にも数えるほどしかない。2曲のピアノ・ソナタ(そのうち<第1番>は音楽院時代の習作である)、初期の秀作<24の前奏曲>Op.34、そしてこの<24の前奏曲とフーガ>Op.87の他は、いくつかの小品集と、2曲の2台ピアノのための作品があるだけである。しかしこのことは、ショスタコーヴィチに強い影響を与えた音楽が、マーラーの巨大な交響曲であり、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲であり、またアルバン・ベルクの精緻な心理描写の音楽であったことを思い浮かべれば、容易に理解できる。いわゆるピアニスティックな演奏効果の追求よりも、骨太の書法による音楽語法の追究や「何を書くべきか」に心血を注いだショスタコーヴィチにとって、純粋なピアノ曲よりもたとえば室内楽のほうが、はるかに創作意欲をかき立てられるジャンルだったのである。この大作<24の前奏曲とフーガ>は、そんなショスタコーヴィチのピアノ曲の代表作としてまことにふさわしい作品と言えるだろう。なぜならば、これはショスタコーヴィチが多大な影響を受けたもうひとりの作曲家、バッハの偉大な作品への崇敬の念に端を発し、その限定された様式の中で自己の書法を錬磨するという、ある意味ストイックな、しかし果敢な挑戦が見事な実を結んだ、まさにショスタコーヴィチにしか書けなかったピアノ音楽だからである。

≪作曲の経緯≫
 ピアノ音楽の「旧約聖書」とも呼ばれるバッハの<平均律クラヴィーア曲集>に倣った作品を書こうとショスタコーヴィチが思い立ったきっかけは、1950年にライプツィヒで開かれた「第1回国際バッハ・コンクール」だった。バッハの没後200年を記念して開催されたこのコンクールに、ショスタコーヴィチは審査員として招かれ、連日バッハの作品を聴いてその作品の偉大さを再認識するとともに、優勝したタチアナ・ニコラーエワの弾く<平均律クラヴィア曲集>に特に鮮烈な印象を受けたのである。コンクールから帰国して間もない同年10月、ショスタコーヴィチは最初の前奏曲とフーガを書き始める。当初は自己の技巧の完成のための練習曲のつもりであったというが、ほぼ1日1曲のペースで断続的に書き進められるうちに、バッハと同様の、全ての調性を網羅した連作曲集へと構想は膨らんでいった。ショスタコーヴィチの速筆ぶりは驚くべきもので、10月10日にその第1番ハ長調に着手してから約4ヶ月半後の1951年2月25日には、24の前奏曲とフーガの全てが完成している。 その作曲は、第1番前奏曲(10月10日)、第1番フーガ(10月11日)、第2番前奏曲(10月12日)、第2番フーガ(10月13日)、第3番前奏曲(10月14日)、第3番フーガ(10月16日)、第4番前奏曲(10月22日)・・・ というように、曲集の配列通りの順序できわめて整然と行われた。また一曲完成する度に、ニコラーエワがショスタコーヴィチに弾いて聴かせたという。全曲の初演はニコラーエワにより、1952年12月23日と28日の2日間にわたって行われた。この初演以来ニコラーエワはこの作品のスペシャリストとしてこれをライフワークの一つとし、その全曲録音は3度にも及んだ。

≪作風≫
 ショスタコーヴィチの音楽を一言で語ることは難しい。しばしば論じられるのは、彼が生きた「ソヴィエト」というきわめて特殊な社会的状況に起因する作風の変遷である。ペテルブルグ音楽院の卒業作品<交響曲第1番>により華々しいデビューを飾り、ヨーロッパ中の注目を集めた若きショスタコーヴィチは、当時最新の作曲技法を吸収し、愉快な悪戯や機知に富んだパロディーも愛した才気煥発な青年だった。そんなショスタコーヴィチに転機が訪れるのは彼が30歳の時(1936年)、共産党の機関誌「プラウダ」が、同年初演のオペラ<ムツェンスクのマクベス夫人>を初めとする当時の彼の作品を「音楽の代わりの荒唐無稽」と断じ、「人民の敵」という烙印まで押して批判するという、厳しい現実に直面した事だった。自己批判を余儀なくされたショスタコーヴィチは、これ以後作風を一転させ、いわゆる「社会主義リアリズム」の路線に沿った作品を書き続けることとなる。特に1948年の「ジダーノフ批判」(ソヴィエトのほとんどの作曲家が「形式主義者」として共産党から批判された)の直後は、共産党のプロパガンダ映画<ベルリン陥落>の音楽や、国家政策賛美のオラトリオ<森の歌>など、あからさまに当局に迎合する作品が書かれた(<24の前奏曲とフーガ>が書かれた1950〜51年は、まさにこの時期にあたる)。自らが指向する音楽と体制が求める音楽との乖離に葛藤した末に、ショスタコーヴィチが見いだした音楽的語り口。それは新鮮、陳腐、深刻、滑稽、真摯、皮肉などのアンビバレンツな要素が交錯し、とても一筋縄では捉えられない独特のものである。
  この<24の前奏曲とフーガ>において、ショスタコーヴィチの関心事が、第一にその対位法書法にあったことは間違いない。モスクワとペテルブルグの両音楽院で培われてきたエクリチュール(書法)の伝統は、ソヴィエト時代にはすっかり疎んじられ、「この国にはもうフーガを書ける人間はいない!」と嘆いたショスタコーヴィチだった。制約された書法の中にも新たな可能性はある、という職人的自負もあったに違いない。果たしてここでショスタコーヴィチが書いたフーガのほとんどは、バッハを規範とするいわゆる「学習フーガ」の書法に従ったものである。ただし、決して優等生で終わらないのがショスタコーヴィチのショスタコーヴィチたる所以で、そこには風変わりなアイデアや、巧妙なトリックが仕掛けられ、調性音楽の枠の中にありながら音たちが縦横無尽に駆け巡る、独自の対位法音楽を生み出している。その語法にはまた、ショスタコーヴィチが編み出した独特の調性と旋法のシステムが、幅広く援用されてもいるのである。
 一方ここで用いられている音楽的主題に目を向ける時、そこに「社会主義リアリズム」に迎合する要素が数多く見られるのは、前述のような作曲時期を考えれば当然のことである。たとえば<森の歌>から引用された主題が随所に現れたり、ロシアの民俗歌謡ブィリーナのイディオムが用いられたり、さらにムソルグスキーを想わせる曲想も登場する。ショスタコーヴィチがそれらの主題にどんなメッセージを託したのか、その真意を読み解くことも、この作品を理解するためには必要なことなのかも知れない。しかしそれはショスタコーヴィチの音楽につきまとう永遠の謎である。アレクサンドル・メルニコフは次のように語る。「作品87を通して、我々は苦しみ抜いた人間の声を聞くということ。あるがままの人生 ――多様で、醜悪で、それでも時には美しくもあった人生と向き合うために、繰り返し、超人的な能力を発揮した人間の声を聞くということだ。」

≪全24曲の構成と各曲の特徴≫
 この巨大な連作曲集を書き上げた当初ショスタコーヴィチは、それぞれの前奏曲とフーガは独立して弾いてもよく、全体を連作曲集と意図して書いたものはない、と表明した。しかし24曲の配列と構成には、単に5度圏を巡る調性の配列(バッハの場合とはその配列順序が異なる)だけにとどまらないいくつかの作曲上のコンセプトが認められ、全曲演奏によってはじめて立ち現れてくる各曲の性格的輝きも見逃せない。まず明らかなのは、前半12曲と後半12曲の2部構成となっていることである。
 前半の12曲は、ハ長調(第1番)に始まり、その平行調であるイ短調(第2番)のあと、5度調方向にト長調、ホ短調、ニ長調、嬰ハ短調・・・の順で嬰ト短調(第12番)まで進む。
 冒頭の第1番ハ長調は、古き時代への追憶のようなサラバンド風の前奏曲と、ピアノの白鍵のみを用いた4声のフーガ(多様な旋法で彩られるために、素晴らしい広がりを持つ)。主題は<森の歌>から採られている。第2番イ短調、第3番ト長調の3声フーガはすこぶる闊達で、ショスタコーヴィチらしい諧謔性が発揮され、第3番の前奏曲ではロシア的な素朴で重厚な響きがムソルグスキーを想わせる。そして第4番ホ短調のメランコリックな表情を帯びた前奏曲に続く4声のフーガは、規模の大きな二重フーガ(2つの主題が別々に提示され、最後に組み合わされる)となっている。第5番ニ長調の前奏曲はアルペッジョによるシンプルなもの。続く3声のフーガも同音反復と音階を用いたシンプルなアイデアながら、書法は冴える。第6番ロ短調は対照的に凝った作りで、規模の大きな4声のフーガは対主題の登場させ方が面白い。第7番イ長調はクーラント風の爽やかな前奏曲に続いて、3声のフーガは主題が一つの分散和音で作られたユニークなもの(<森の歌>にも登場するピオニールのラッパの旋律に基づく)となっている。第8番嬰ヘ短調の3声のフーガの主題もユニークで、こちらは深い哀愁を漂わせる。第9番ホ長調の前奏曲はロシア民謡の対話形式を模したユニゾンの音楽、それに続くフーガは、この曲集唯一の2声で書かれている。第10番嬰ハ短調、第11番ロ長調はいずれも、バッハが使った音型をそのまま用いた擬似バロック・スタイル。それに対して、前半の最後を飾る第12番嬰ト短調はきわめて個性的で、完成度の高い音楽となっている。前奏曲はショスタコーヴィチが厳粛な音楽を書く時にしばしば用いたパッサカリア形式。4声のフーガは5/4拍子の変則的リズムによる主題に精緻な和声を絡め、息をもつかせぬ俊敏さで織り上げてゆく。
 後半の12曲はハ長調から最も遠い調性である嬰ヘ長調(第13番)に始まり、変ホ短調(第14番)から調号のフラットを一つずつ減らして進み、ニ短調(第24番)で全曲を締めくくる。
 第13番嬰ヘ長調の清々しい朝の気分のような前奏曲は後半の始まりにふさわしい。そして曲集中唯一の5声のフーガでは、主題の縮小形を絡めた古き良き対位法の技法とモダンな和声が融合する。続く3曲には、曲集中もっとも特徴的な音楽が現れる。第14番変ホ短調は、弔いの鐘と嘆きの歌が聞こえる鬼気迫る前奏曲と、民謡風の素朴な調べを主題とする3声のフーガ。第15番変ニ長調はショスタコーヴィチ一流の辛辣なワルツのリズムによる前奏曲に始まり、続く4声のフーガは半音階の無調的な音使いと、3拍子、4拍子、5拍子が混在するアクロバティックなリズムを猛烈な速さで弾きこなす。第16番変ロ短調はがらりと変わって、いにしえの響きに思いを馳せるような音楽。前奏曲は第12番と同じくパッサカリア形式で書かれ、3声のフーガは民族楽器グースリが奏でるような繊細な音型を主題に、連綿と綴られるきわめてユニークな一曲となっている。そして第17番変イ長調、第18番ヘ短調では素朴な民謡風の主題を歌わせる。第19番変ホ長調になると、ショスタコーヴィチらしいアイロニカルな音楽が戻ってくる。そのフーガでは音階が変質され無調の響きを帯びる。第20番ハ短調は民俗歌謡ブィリーナの重厚なメロディを用いた前奏曲と、同じ主題による4声のフーガ。第21番変ロ長調の3声のフーガは、ファンファーレ風の主題が活発に展開する。第22番ト短調、第23番ヘ長調は、抒情的な前奏曲と入念に書き込まれたフーガが、対位法の世界に深く聴き入らせる。そしていよいよ終曲の第24番ニ短調。深い感慨のこもった前奏曲にはフーガの主題の予告が挿まれる。そしてそのブィリーナ風の3拍子の主題に始まる4声のフーガは、途中から動きのある第2の主題を交えて壮大な二重フーガを形作り、最後は熱烈なクライマックスを築いて終わる。


柿沼 唯(作曲家)

2012年1月15日(日) 14:00 浜離宮朝日ホール
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公演の詳しい情報はこちらから

≪アフターパフォーマンストーク決定!≫
終演予定時刻:16時00分
アフターパフォーマンストーク 16時15分〜16時45分(予定)
会場:浜離宮朝日ホール 大控室

対象:26日の公演にご来場いただいた方(参加は無料です)
お申込方法:事前申込制、下記応募ボタンよりお申込ください。(40名様限定先着順)
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posted by Japan Arts at 12:32| アレクサンドル・メルニコフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

アフターパフォーマンストーク開催決定!

メルニコフが語る ショスタコーヴィチ「24の前奏曲とフーガ」
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 メルニコフがハルモニア・ムンディよりリリースした、ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」はその驚異的な完成度の高さからフランスの音楽雑誌から”Choc de classica”賞を受賞するなど「歴史上の名録音」と高い評価を受けています。
 今回のリサイタルではショスタコーヴィチの時代のメソッドによる対位法を勉強するなど、メルニコフが全身全霊を傾けて取り組んだこの大作を実演で聴けるまたとない大きなチャンスです。
 演奏会に加えて、終演後にメルニコフ自身が作品について語るアフターパフォーマンストークを開催することとなりました。政治体制と自らの音楽の相克のなかで作曲を続けたショスタコーヴィチ。「24の前奏曲とフーガ」にはどのような作曲家の思いが込められているのか。演奏家の視点から本作品が語られます。是非ご期待下さい。

アレクサンドル・メルニコフ ピアノ・リサイタル
2月26日(日)13時開演 浜離宮朝日ホール 
終演予定時刻:16時00分
アフターパフォーマンストーク 16時15分〜16時45分(予定)
会場:浜離宮朝日ホール 大控室


対象:26日の公演にご来場いただいた方(参加は無料です)
お申込方法:事前申込制、下記応募ボタンよりお申込ください。(40名様限定先着順)
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2011年12月21日

エフゲニー・キーシンからの寄付金の送り先についてのご報告

エフゲニ・キーシンは、今年10月から11月にかけて、日本デビュー25周年/40歳バースデー記念・コンサートで来日し、素晴しい演奏会を各地で行いました。
キーシンより、公演料の一部を東日本大震災の被災者の方々にすぐにでも使ってもらえる方法で寄付したいとの希望がありました。
被害の大きかった岩手・宮城・福島の3県と、「あしなが育英基金」の東日本大震災・津波遺児支援に寄付することに決定し、12月1日にそれぞれ送金いたしましたので、皆様にご報告いたします。

2011年12月20日
株式会社ジャパン・アーツ
代表取締役社長 大内 栄和
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2011年12月19日

「フーガの技法を読み解く1」バッハとその時代 その(2) 社会的背景 [コンスタンチン・リフシッツ]

文・写真:加藤浩子(音楽評論家)

 バッハが偉大な存在であることは言うまでもないが、筆者が特別バッハを尊敬してしまう大きな理由は、バッハがごく普通の市民生活をまっとうしたことだ。
 そんな当たり前なこと、と思われるかもしれない。けれど作曲家の生涯を多少調べた方ならお分かりのように、世に言う大作曲家で地に足のついた市民生活を送ったひとはごく少ない。ベートーヴェンしかり、シューマンしかり、ワーグナーしかり。みな、ある意味家庭人としては失格である。
 けれどバッハは違う。2度の結婚で20人の子供をもうけ、大家族の家長としての務めを立派に果たした。一方で仕事人としては膨大な創作量!をこなしたが、それは当時の職業音楽家としては当然でもあった。バッハはいわば、偉大なる常識人だったのだ。
 バッハがこれほどバランスのとれた人生を送れたのは、もちろん本人の力でもあるけれど、社会環境も無関係ではない。周知のように当時の音楽家はお雇いの身であり、注文のままに仕事をこなす職人だった。その頃の「音楽」は、自己表現の「芸術」という位置づけではなく、先祖代々受け継がれる職人仕事であり、磨いて行くべき技芸でもあった。その枠のなかに組み込まれ、職を得ている限り、音楽家は安定した仕事だった。19世紀の大作曲家たちが、宮仕えを脱した代わりに不安定な生活環境に甘んじなければならなかったのとは対照的だ。
 バッハを雇い、給与を払ったのは、「宮廷」や「都市」である。中央集権国家のフランスと違い、数百の国に分裂していたドイツでは、
中小の「宮廷」とならんで、「都市」も力を持っていた。ドイツが今でも首都のベルリンに一極集中せずに、ハンブルクやミュンヘンなど魅力的な大都市をいくつも抱えている理由は、そのような歴史にある。バッハが骨を埋めたライプツィヒや、テレマンが活躍したハンブルクといった都市は、商業を通じて繁栄し、ドイツ内の大国に匹敵する富を蓄えていた。小さな独立国のようなこれらの都市には、大宮廷もおいそれとは手が出せなかった。

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ライプツィヒのゲヴァントハウス
バッハはここを本拠にしているゲヴァントハウス管弦楽団の前身である、コーヒーハウスのコンサートを指揮していた


 「都市」は、音楽家にもさまざまな活躍の場を提供した。ハンブルクやライプツィヒのような大都会では、ドイツの他の都市に先駆けて公開コンサートが始まったし、また見本市の町で、出版業もさかんだったライプツィヒでは、自作を出版することもできた。バッハはライプツィヒで公開コンサートを指揮し、《パルティータ》や《イタリア協奏曲》などを含む《クラヴィーア練習曲集》を出版するなど、それまで勤めていた中小の都市や宮廷では考えられなかった活動をしている。
 《フーガの技法》は、小さな町の教会のオルガニストから大都市ライプツィヒの音楽監督へと、音楽職人として順調に出世したバッハが、どこからの注文でもなく自らの意志で、自分の習得した技法を集大成しようと試みた作品だ。そこには、音楽職人から一歩踏み出した、音楽家バッハが透けて見える。けれどその方向転換も、それまでの音楽家職人としての積み上げがあって、はじめて可能になったことだったのではないだろうか。

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ライプツィヒの聖トーマス教会にあるバッハのお墓

≪公演情報≫2012年3月15日(木) 19:00 紀尾井ホール
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詳しい公演情報はこちらから

posted by Japan Arts at 18:58| コンスタンチン・リフシッツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

「フーガの技法を読み解く1」 バッハとその時代(1)宗教的背景 [コンスタンチン・リフシッツ]

文・写真:加藤浩子(音楽評論家)

 バッハは「土着」のひとである。
そう言ったら、驚かれるだろうか。
彼の音楽は国際的だし、時代を越えている。そう反論する方もあるだろう。
 バッハの「音楽」が時空を越えていることは言うまでもない。けれど人として、職業人としてのバッハは、客観的にそして本人の意識のかなりの部分において、18世紀前半のドイツの、「音楽職人」としての立場をまっとうした。その背景には、当時のドイツの宗教的、社会的事情が横たわっている。
 バッハはその生涯の大半を、ルター派の教会音楽家として過ごした。バッハが生まれ、育ち、活躍したチューリンゲン、そしてザクセン地方は、ルター派の「牙城」と呼ばれた土地柄で、大都会から寒村にいたるまで、ルター派の信仰が浸透していた。一般の日本人にはなかなか想像しづらい世界だが、現地を訪れてみるとよく分かる。森に抱かれた町や村の中心に、町の「顔」の聳える教会。なかに入れば、きらびやかな装飾を嫌ったルター派の会堂ならではの簡素な空間が広がる。けれど祭壇の前から後ろを振り返ったら、息を飲むに違いない。豪華な彫像にもまさるとも劣らない壮大なオルガンが、鎮座ましましているのだから。

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バッハ一族のふるさと、チューリンゲンの森

 このオルガンと教会堂の関係こそ、ルター派における音楽の存在を象徴している。マルティン・ルターは、免罪符と称した資金集めをはじめとするローマ・カトリックの腐敗への批判から新しい信仰を立ち上げた。彼は、聖職者にしかわからないラテン語での典礼に代わって、母国語であるドイツ語で礼拝を行い、説教をした。また豪華な彫刻や装飾を通じて聖書の物語を伝えるのではなく、信徒にわかるように聖書にある神の言葉を解説し、音楽を通じてその解釈を伝えたのである。ルター派の礼拝において、音楽は決定的に重要だった。彼自身音楽の素養があり、賛美歌の作詞や作曲もしている。バッハのおびただしい数の教会カンタータも、《マタイ》《ヨハネ》の二大受難曲も、礼拝での用途に役立てるために作曲された。もちろんその音楽がすばらしいものだったために、礼拝を離れて一人歩きしてしまったわけだけれど。

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ハレ、聖母教会のオルガン(バッハも弾いた)

 バッハの生まれ故郷であるアイゼナッハは、バッハと宗教との関係を知るには最適の場所である。郊外の山の上に建つヴァルトブルク城は、カトリックの教義に反旗をひるがえしたルターが逃げ場を求めて隠遁し、新約聖書をドイツ語に訳したゆかりの城。さらにルターは少年時代、当時はカトリックの修道院だったアイゼナッハのゲオルク教会学校に学んだが、それからおよそ2世紀の後、バッハはルター派に改宗したゲオルク教会学校に入学している。つまりふたりは同窓生だった。音楽家の、それも主な仕事場がルター派の教会だった一族に生まれたバッハにとって、ルターが唱えた神の世界は、生活に密着したとても身近なものだったのである。

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アイゼナッハのヴァルトブルク城

<加藤浩子>
慶應義塾大学大学院修了。同大学講師(音楽学)。音楽評論家。

著書:
『バッハへの旅 その生涯と由縁の街を巡る』・『黄金の翼 ジュゼッペ・ヴェルディ』(いずれも東京書籍)、『さわりで覚えるバッハの名曲25選』、『人生の午後に生きがいを奏でる家』(いずれも中経出版)、『今夜はオペラ』(春秋社)、『バッハ名曲名盤を聴く』・『古楽への招待』(いずれも立風書房、共著)、『ようこそオペラ! ビギナーズ鑑賞ガイド』、『バッハからの贈りもの〈鈴木雅明氏との対談〉』(春秋社)他訳書:『西洋音楽史年表』(音楽之友社、共訳)、『コーヒーハウス物語』(洋泉社)、『「音楽家」の誕生』(洋泉社、共訳)他。その他、新聞・雑誌への寄稿、プログラム、CD解説等多数。


≪公演情報≫2012年3月15日(木) 19:00 紀尾井ホール
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2011年11月11日

「フーガの技法」を聴いて[コンスタンチン・リフシッツ]

ひとつの宇宙をなす一夜のリサイタル
コンスタンチン・リフシッツ 4月28日 ウィグモアホール 「フーガの技法」を聴いて
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 「もっとも挑みがいのある作品だった」とその録音を振り返り語ったこともある、バッハの『フーガの技法』BWV1080。最晩年のバッハが取り組んだものの、未完成のフーガ1曲を残したまま中断され、その死後に出版されたこの作品。構成などに今なお謎が残るともされるが、リフシッツはどのように演奏するのか。バッハの世界に魅了されてきたリフシッツが臨んだ、深遠な世界──。

 それは、バッハが表したかったであろう世界をくっきりと示すものであった。
 客席にやや背を向けるように、時にピアノの低弦部分を覗きこむようにしながら、静かな佇まいで鍵盤に向かうリフシッツ。
 そこから紡ぎ出される音は、深く、透明感のある音。初めの単純なフーガはひたすら音を慈しむように。そして、声部が増え、それらが絡みあうようになっても、その技巧的な部分をまるで感じさせない。曲ごとにそのテーマが広がるにつれ、ひとつひとつの声部が語りかけてくるよう。基本的にはノン・ペダルで弾きすすめ、ペダル・ポイントでは、楽器全体をホール中に、存分に、響かせる。リフシッツと客席が一体となってその響きに身を投じる時の幸福と言ったら!
 バッハ自身は鍵盤楽器以外での演奏も可能性に入れていたともされる『フーガの技法』であるが、あえて現代ピアノで弾きたいとリフシッツ自身が語った理由がよくわかる。オルガンでも弦楽器でもなく、現代のピアノによって、このひとつのテーマを掘り下げていくことの面白さ。ピアノの響きで複数の声部がくっきり立ちあがる、その妙──もっとも、リフシッツなら、ピアノでなく、どの楽器を奏でてもこの作品の宇宙を作りあげてしまうのかもしれないと思わせられるが。
 静かに弾きはじめられた単純なフーガから反行フーガへと進み、鏡像フーガでの時に激した表情、そして悠然と主題と応答が示されるカノン。
 最後には、その出版譜において、未完成に終わったフーガの穴埋めとして付け加えられたというコラール『われ汝の御座の前に進み出て』BWV668aが演奏されたが、もちろんその演奏は穴埋めどころではない。この日のすべての曲のどれを欠いても、画竜点睛を欠くことになっていたに違いない。それほど、この一夜のリサイタルは、ひとつの宇宙を成すものとして完全に構築されていた。

音楽ライター:阿部恭子

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2011年11月07日

チョ・ソンジンPR来日インタビュー(2)

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今回のプログラムについてお聞かせください。
まずはショパン作曲【バラード全4曲】についてお願いします。

―ショパンのバラード全4曲は、以前より是非挑戦してみたいと思っていた作品でした。“バラード”は“詩”と結びついていますよね。特にこのショパンのバラードは、曲にストーリーがある特別な作品です。最初の1曲目は20代の時に「好きな女性を思って書いた曲」、最後の4曲目は30代の時に「友達や自分の師匠が亡くなった時の心情を書いた曲」その10年間で彼の心の変化、成長を感じることができます。2曲目と3曲目は「好きな詩人がいて、その詩人の先生の本から影響を受けて書いた曲」だそうです。
私はショパンのバラード全曲を通して、日々のことがらではなく、人生を聴いていただけるよう、努力したいと思っています。とても大きな絵のように、その人の人生を俯瞰的に表現するつもりです。

ショパンの作品は、どのように弾きたいと考えていますか?
―ショパンの作品は、シンプルだけれども複雑、複雑だけれどもシンプルと、ひとつの答えがない作曲家だと感じています。彼の作品はまるで歌を歌っているようですよね。ですから、まずそれを表現することが一番大事なことだと思っています。もちろん、ショパンの優雅さ、上品なところも大切です。

リストのピアノ・ソナタ ロ短調についていかがでしょう
―リストは彼自身が偉大なピアニストでしたから、初期の作品はテクニックをひけらかすような曲が多かったと思います。しかし歳を重ねるにしたがって、まるで巡礼者のように宗教的なイメージの作風に変わりました。今回のロ短調ソナタは彼が40代の時に書いた作品で、テクニック中心の曲から後期の作風へと変わるときのもの、テクニックとともに内面的なものも求められる大作です。

ロ短調ソナタはどのようなところが気に入っているのでしょうか?
―私が子供の時と今とでは、リストに対する考え方が変わりました。幼かった時は彼の華麗なテクニックにとても魅せられましたが、今は彼の内面的にしっかりとした、まるで文学作品のようなところに魅力を感じています。そういう意味でも、ピアニストの力量を全て見せられる作曲家だと思っています。

以前のインタビューで、尊敬するピアニストはクリスチャン・ツィメルマン、マレイ・ペライア、マルタ・アルゲリッチの名前を挙げていましたが、自分がピアノを弾く上で影響を受けたアーティストはいますか?
―私が演奏するにあたって直接影響を受けた方は指揮者のチョン・ミョンフンさんです。

何か印象に残る言葉やアドバイスがありましたか?
―チョン・ミョンフンさんとは8つのコンチェルトを一緒に演奏しました。本当に素晴らしいアドバイスを沢山して下さったのですが、これは自分の中でとても大切なこと・・・心の中でいつも反芻し、大事にしているものです。言葉で表すのは難しいですね。。。

今後、どんなレパートリーを増やしていきたいですか?これから演奏していきたい作品はありますか?
―1900年代の音楽に関しましてはあまり触れたことはないので、これから挑戦したいと思っています。プロコフィエフのコンチェルトは弾いたことはあるのですが、ソロ曲はまだなので挑戦したいです。
ほかにはフランスの印象主義の作品にも挑戦したいと思っています。

好きな作曲家・好きな作品を教えてください。
―シューマン、ベートーヴェン、ショパンです。

好きな作品はいかがでしょう。
―今、好きなのはシューマンの「クライスレリアーナ」!近いうちに弾いてみたい曲です。
好きというよりは今後挑戦したい曲になってしまいますが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ10曲は弾いたことがあるので残り22曲を全曲弾きたいです。コンチェルトも5曲全曲を弾きたいと思っています。そして、ショパンはソナタ以外の全ジャンルを全て弾きましたので、今後はソナタを弾いてみたいです。
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将来の夢をお聞かせください。
―ホロヴィッツやルーヴィンシュタインのような、人々に喜びを与えられる、そして長い間愛されるピアニストになりたいです。また、僕にできる範囲で何らかの社会貢献ができればと思っています。

日本には度々来日していますが、どのような印象をお持ちですか?好きな場所、行ってみたい所はありますか?
―日本は2009年に浜松に行ったのが最初です。東京はその年の7月に訪れまして、とても綺麗で親切な場所だ、という印象を持ちました。好きな場所は「沖縄」です。12月に訪れたのですがとても幸せでした!
行ってみたい場所としましては「京都」です。

日本でもK-ポップは大人気ですが、好きなグループ、お気に入りの曲はありますか?
―“少女時代”が好きで、曲は「GENIE」が好きです。あと“2NE1”って知っていますか?「I AM THE BEST」がカッコいい曲だと思います。

お客様にメッセージをいただけますでしょうか。
―今回の日本ツアーにとても楽しみにしています。一日でも早くこのツアーをスタートしたいくらいです!



とてつもない才能の出現―
『チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル』
2011年11月28日(月) 19時開演 東京オペラシティコンサートホール

cho_flyer.jpg曲目:
ショパン: バラード 全4曲
★バラード全曲は、以前より是非挑戦してみたいと思っていました。ストーリーのある特別な作品です。作品を通じてショパン人生をお見せすることが出来たらと思っています。

リスト: ピアノ・ソナタ ロ短調
★9歳の時に初めて聴いて強く魅かれた作曲家、リスト。
「生誕200周年」を記念して選んだこのソナタは、リストの作品の中で最も気に入っている作品の1つです。

公演の詳細はこちらから

posted by Japan Arts at 17:47| チョ・ソンジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

チョ・ソンジンPR来日インタビュー(1)Twitterからの質問に答えます。

PR来日2日目はTwitterで募集した皆さんからの質問に答えてくれました。
今日はそちらをご紹介します。
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チョ・ソンジンさんが、今、読んでいる本、思わず手にする本は何ですか?
―今読んでいる本は「今日のクラシック」作曲家別の説明が書いてあり、特に20世紀以降の作曲家の説明がよく書かれています。
最近読んだ本はトルストイの「復活」です。
チャイコフスキー・コンクールに出場する直前に読んだのは中村紘子さんの「チャイコフスキー・コンクール」を読みました。あとは小さい頃に漫画で読んでいた「ギリシャ神話」を本で読みました。

落ち込んで入る時などに思わず手に取ってしまう本は?
―本の話ですと、すぐに思い浮かばないのですが。
本当に辛い時は音楽を聴きます。韓国のアイドルでテンポの早い曲とか(笑)、心を落ち着かせたい時はシューベルトを聴きます。

来月のリサイタルではショパンのバラードを全曲演奏されますが、次回のショパンコンクールへの出場は考えていらっしゃいますか?
―4年後なので、今は何とも言えないです。ショパン・コンクールは世界最高峰のコンクールだと思っていますので、挑戦はしたいと思っています。

チャイコフスキー・コンクールではベートーヴェンのソナタ31番やリスト「ダンテを読んで」など、大人っぽい選曲が印象的でした。これはご本人の選曲だったのでしょうか。曲作りで工夫された点などあればお聞きしたいです。
―コンクールの選曲は全て自分でしました。

先生へ相談などはしなかった?
―特にはなかったです。

曲作りで工夫した点はいかがでしょうか。
―チャイコフスキー・コンクールはロシアで行われるものですから、できるだけロシアの音楽を聴いてロシアを理解するという事に力を入れました。そしてロシアの情緒というものを理解しなければいけないと思いました。
ロシアの音楽を理解して表現することはとても難しい事だと思っています。
ヨーロッパなどの曲に比べるとロシアの音楽はとても複雑で難しいので、できるだけロシアの文学を読むなどロシアの事を理解しようと努力はしました。
また4年前にチャイコフスキー・コンクールの審査員長を務めたニコライ・ペトロフ先生がいろいろな事に力を貸してくださいました。本当に素晴らしい方でした。
残念だったのが、コンクールの直後に先生が亡くなってしまったことです。

具体的にはどの様なアドバイスや助言を頂いたのですか?
―ニコライ先生からは実際にレッスンを受けたりしていました。
例えば、フランスの音楽でしたら印象主義の曲が多いので、印象派の絵を見ているかの様にピアノを弾くんだ、というふうに教えてくださいました。
ロシアの音楽に対しては楽譜の通りに演奏してはダメだと言われました。ロシアの言葉がそうであるように、楽譜がこうなっていても実はこんな表現なんだと、レッスンを受けました。

難しそうですね。それを理解してらっしゃるのがすごい。
―そのレッスンを受けたのが高校1年の時でしたが、理解できました。

毎日どれくらい練習するのですか?
―練習は全くしない日もあれば、1時間の日もあるし、最高だと7時間でしょうか。
(お母さまがここで「7時間って、何度あったのかしら・・・」とつぶやていました。)

練習の順番や自分なりの方法があれば、教えてください。
―特に順番などは決めていませんし、弾く前にスケールをするなどそういった事も特に行なっていません。
まずは曲をゆっくり弾いてみたり、じっくりと弾いてみたりします。

好きな食べ物は何ですか?
―パスタです。嫌いな物はキムチ(酸っぱいから)。

ピアノを弾く時間以外は、どのように過ごしていますか?
―家族と一緒に食べ歩き。YOUTUBEで他の演奏家の映像を見る。ネットサーフィン。たまに勉強をする。英語の勉強をする。運動をする。です。たまに、音楽家の友達と会って音楽の話をしたりします。

将来はどこに活動の拠点を置くのですか?
―夢は全世界で活躍できる演奏家になることですが、若いので今は拠点というのは考えていません。


その2へ続く!



とてつもない才能の出現―
『チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル』
2011年11月28日(月) 19時開演 東京オペラシティコンサートホール

cho_flyer.jpg曲目:
ショパン: バラード 全4曲
★バラード全曲は、以前より是非挑戦してみたいと思っていました。ストーリーのある特別な作品です。作品を通じてショパン人生をお見せすることが出来たらと思っています。

リスト: ピアノ・ソナタ ロ短調
★9歳の時に初めて聴いて強く魅かれた作曲家、リスト。
「生誕200周年」を記念して選んだこのソナタは、リストの作品の中で最も気に入っている作品の1つです。

公演の詳細はこちらから

posted by Japan Arts at 20:28| チョ・ソンジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピアノを聴こう “映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』”

死後30年が経った今でもファンを魅了し続けているグレン・グールド。
現在グールドのドキュメンタリー『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』を公開しています。
http://www.uplink.co.jp/gould/

劇中にはウラディーミル・アシュケナージも登場し、グールドの魅力について語っています。
ジャパン・アーツでは素晴らしい演奏家によるピアノ・リサイタルをご用意しています。
芸術の秋、映画を観た後に“生”の演奏を楽しんでみては!?

◆上原彩子“表現力で進化を続けるピアニスト”
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2012年1月15日(日) 14:00 サントリーホール
http://www.japanarts.co.jp/html/2012/piano/uehara/index.htm

◆アレクサンドル・メルニコフ“ロシアの俊英”
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2012年1月15日(日) 14:00 浜離宮朝日ホール
http://www.japanarts.co.jp/html/2012/piano/uehara/index.htm

ところで、グールドよりも若い18歳で同じくゴールドベルク変奏曲を録音し、ニューヨーク・タイムズで「グレン・グールド以来、最もパワフルなピアノ演奏」と賞賛され、グラミー賞にもノミネートされたというピアニストがいます。
来年は樫本大進とのデュオで来日するコンスタンチン・リフシッツです。
ぜひ、ご注目ください!
◆コンスタンチン・リフシッツ“音楽の神に選ばれし天才ピアノスト”
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2012年3月15日(木) 19:00 紀尾井ホール
http://www.japanarts.co.jp/html/2012/piano/lifschitz/index.htm

posted by Japan Arts at 19:00| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チョ・ソンジン インタビュー(後編)

後編「来日にむけて」
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 チョ・ソンジンのピアノの魅力のひとつは、ホールのすみずみまで響くしっかりとした音、歌心があり、力強く熱っぽくなっても逸脱することなく、どこまでも安心感を与える、端正な音楽にあると感じます。
取材の最中、傍らで静かに微笑みながら優しいまなざしで見守るお母様の様子を見ていると、彼は子供の頃から、強制されることなく、のびのびまっすぐにピアノにむかってきたのだろうな……と感じます。そしてまさにその印象に似た、ピュアな音楽を聴かせてくれます。
 今回の来日ツアープログラムは、ショパンのバラード全曲と、リストのロ短調ソナタ。2009年の浜松コンクール3次予選のリスト『ダンテを読んで』では、何かとても確信に満ちた構成、そして力強さの中に哀愁をはらんだ表現を聴かせたことから、同じくリストの精神世界を示すような作品であるロ短調ソナタには、特に期待ができそうです。
 伸び盛りの17歳。今後もさまざまな人生の経験とともに、その音楽はより豊かに、深みを増していくことでしょう。チョ・ソンジンについて紹介するコラムの後編では、彼の素顔にまつわるちょっとしたエピソードと、来日にむけての想いをご紹介します。

    ***

─ピアノを弾くにあたって一番大切にしているのはどんなことですか?
 ピアノを演奏することは、音楽と楽譜を解釈し、聴衆に伝えるということです。常に作曲家が一番であり、譜面に敬意を示すようにしています。そして聴いてくださる方がいなければ演奏する理由はないので、自分のために弾いているという感覚はありませんね。

─ステージに上がる前に必ずすることは何かありますか?
 手を洗います。ちょっとしたクセのようなものです。ただ普通に洗うだけですが。手に汗をかきやすいからかな(笑)。

─今後、どんな活動をしていきたいですか?
 もっともっと勉強したい。そして、80歳までピアノを弾き続けていられるピアニストでありたいです。

─ご存知のとおり、東日本大震災後の日本は大変な状況にありますが、今の日本で演奏をすることをどうお考えですか?
 震災の起きた3月11日、僕は福岡にいました。揺れを感じたのはもちろんほんの少しでしたが……。その後、浜松アカデミーに参加するため浜松に行きましたが、震災の影響でアカデミーは中止になりました。テレビから流れる被災地の映像は、とてもショッキングで悲しいものでした。
今、再び日本に戻ってコンサートができることを心から嬉しいと思います。皆さんにまた会えることをとても楽しみにしています。
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インタビュー・文:高坂はるか(音楽ライター)



 とてつもない才能の出現―
『チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル』
2011年11月28日(月) 19時開演 東京オペラシティコンサートホール

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ショパン: バラード 全4曲
★バラード全曲は、以前より是非挑戦してみたいと思っていました。ストーリーのある特別な作品です。作品を通じてショパン人生をお見せすることが出来たらと思っています。

リスト: ピアノ・ソナタ ロ短調
★9歳の時に初めて聴いて強く魅かれた作曲家、リスト。
「生誕200周年」を記念して選んだこのソナタは、リストの作品の中で最も気に入っている作品の1つです。

公演の詳細はこちらから

posted by Japan Arts at 10:55| チョ・ソンジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする